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遺産相続「先生、教えて!」
遺産相続「先生、教えて!」
気をつけたい親子間の「資金移動」
気をつけたい親子間の「資金移動」
「他人じゃないんだから」。そんな甘えが通用するのも、親子ならでは、でしょう。でも、ことお金に関しては、“ルーズ”なやり取りは、ケガのもと。たとえ本人たちに「悪気」がなかったとしても、当局の監視の目にかかることもあるのです。税理士の稲葉豊先生が遭遇したのは、こんな事例でした。
◆「親父の金を預かった」つもりが
当事者は、ある家族の父親と長男。問題が起こった時、父親はまだご存命でした。ですから、これからお話するのは、後の相続にも影響しかねない、贈与に関連する事例になります。 5年ほど前に、父親と長男の共有名義で持っていた土地を売りました。売却益は総額で4000万円ほど。約2000万円ずつが、二人の収入になったので、長男が所得税の申告をしました。申告は税理士に頼まず、ご自分でやったんですね。

その申告書に、ちょっとした問題が見つかり、税務署が調査に来ました。それ自体は、記載ミスで済んだのですが、税務調査官が、別の「おかしな点」に気づいたのです。いったん父親の口座に入った土地の売却代金が、なぜか長男の口座に移され、そこから自分の住むマンションのローンの残債が、一括で支払われていました。

実は、資金を息子の口座に移したのは、お母さんの意向でした。夫は、痴呆症とはいえないまでも、とみに判断能力が衰えていて、大金を管理させるのは危険だ、というのがその理由。息子も「そうだね」と気軽に引き受け、「預かった」わけですね。住宅ローンは、自分の土地売却益で支払ったのであって、父親のお金に手を付けた、といった意識は毛頭ありませんでした。
注意したい、「誤解を招く行動」
長男は、一つ単純ミスを犯していました。父親から金を預かり、ローンの代金を引き出したのとは別に口座を持っていて、自らの2000万円は、そちらに入れていたのです。これでは、税務署ならずとも、「父親から2000万円の贈与を受け、それをローンの支払いに充てた」と疑いたくもなろうというもの。

その問題を指摘された時点で相談を受けた私は、税務署に今言ったような事情を説明し、土地の売却代金を父親の口座に戻すことで決着を図りました。予期せぬ高額の贈与税の支払いは、回避することができました。

こうお話すると、簡単な事案に聞こえるかもしれませんが、実際は、けっこう大変だったんですよ。税務署に「横領ではないか」とまで「脅され」た長男もお母さんも、私のところにいらっしゃった時には、半ばパニック状態。税務署とのやり取りも、かなり骨の折れるもので、OKになるまで4ヵ月ほどかかりましたね。

あえて言えば、長男の最初のミスは、所得税の申告をご自身でなさったことではないでしょうか。税理士に頼めば、記載ミスなどは起こらなかったはず。お父さんからの「資金移動」の危険性についても、その事実を知れば、アドバイスを受けたはずです。 今のケースも、仮に“軟着陸”させることができなかったら、通常の贈与税に加え、重加算税(*)などが課せられていたかもしれません。商売だから言うのではないのですが、大きなお金が絡む申告などは、専門家の知恵と経験を利用するのがいいと思いますよ。

*重加算税 税務調査の後に、仮装隠蔽が発覚した場合に課せられる、追徴課税。加算税率は、申告期限内35%、それを過ぎれば40%
◆「おかしな」税務調査もある
気をつけたい親子間の「資金移動」
所得税の調査なのに
子が共有で持っていた土地を売り、その売買代金に関して子どもが自分で行った所得税の申告にミスがあったために、税務調査を受けた、という事例を紹介しました。所得税について調べていた税務署が、その途中に父から子への「不可解な資金移動」を発見し、新たに問題を指摘してきた、という流れでした。

ここまで読んで違和感を覚えた人は、かなり税が分かっている、と言っていいと思います。実はこの税務調査は、大問題なんですよ。税務署は普通やらない、「おかしなこと」と言っていいでしょう。 どこが問題なのか?

このケースでは、所得税の税務調査は、あくまで所得税の調べで完結。贈与税について調べたいのなら、あらためてそのことを納税者に通知して、一から始めなくてはいけないのです。念のため、知り合いの元税務署長の方にこの話をしたら、やはり「間違いだ」とおっしゃっていました。

父親の土地売買代金を「預かって」いたご長男に対して、調査官が「横領ではないのか」と指摘したことも、前回述べました。これも、決してやってはいけないこと。親子の間のお金の行き来なんて、よくあることでしょう。貸し借りかもしれないし、第一、父親のほうが「盗られた」と言っているわけでもないのです。刑法犯罪を匂わせる発言をするなど、もってのほか。「調査官に脅迫された」と訴えられても仕方がないような振る舞いだ、と言わざるを得ません。

担当の税務調査官が、「おかしなこと」と分かっていて、確信犯的にやったのか、そういう認識自体がなかったのかは定かではありませんが、公の税務調査だからといって、すべて「正しい」ことばかりではない、ということは、納税者として知っておくべきだと思います。
状況を悪くした、「その場しのぎ」
所得税の調査から、「贈与があったのではないか」という方向に、なし崩し的に話が拡大していったのには、ちょっとした“わけ”もありました。まったく頭になかった「贈与」を疑われ、「横領」という言葉まで持ち出された長男の方が動揺し、嘘とは言いませんが、「その場しのぎ」に近い対応になってしまったんですね。そこをまた、税務署に突かれる、という悪循環に陥ってしまったのです。無理もありません。相手は百戦錬磨の“徴税のプロ”、一方は、税金については素人なのだから。「贈与ではありません」と言い続けるのが精一杯で、「この調査はおかしいのではないですか?」などという余裕など微塵もなかったことは、想像に難くありません。

ただ、調査官への対応は「その場しのぎ」でも、もともと親子の間に「贈与の意志」があったわけではありません。「あげる」「もらう」という双方の意志が確認できなければ、贈与にはならないのです。まして、長男に、父親のお金を勝手に流用する気持ちなど、さらさらありませんでした。これも前回述べたように、私が担当してからは、「預かったお金だから、戻します」という方針を貫き、最終的には税務署もそれを認めて、一件落着。アブノーマルな攻め方をした税務署でしたが、正論には勝てなかった、ということです。
◆銀行が「ミスリード」することもある
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母親から借金し、母親名義のマンションを建てる!?
資産家のお嬢さんから、お母さんの相続対策を依頼されました。お父さんはすでに他界していて、高齢のお母さんは、寝たきり状態。相続人は、彼女一人です。資産は、現預金だけで3億円ほどありました。

このまま相続すれば、高額の相続税の発生は避けられません。そこで、母親の預金に銀行からの借金をプラスして、マンションを建てることにしました。相続の際、現金はそのまま相続財産に計上されますが、不動産に形を変えていれば、その評価額まで、金額を圧縮できるんですね。さらに、金融機関から借金すれば、その分も相続財産から差し引くことができます。

結局、銀行から5億円を借り、8億円を原資に、マンション建設をすることになりました。資金の支払いなどは、すべて娘さんが代行。ここまでは、問題なしです。 さて、私が依頼を受けた時、娘さんは、いちいちお母さんの口座から手続するのは煩わしいから、とお母さんの3億円も銀行からの融資も、すべて自分の口座に移している途中でした。それも、毎日、ATMの引き出し限度額である100万円ずつ……。このやり方だと、建設代金などは、すべて彼女の口座から払われることになります。これについても、契約者と支払者が別であることはなんら問題ないですから、まあいいでしょう。

ちょっとおかしいな、と感じたのは、お母さんから娘さんへの資金移動が、「借金」になっていたことです。ちゃんと、利息を明記した契約書も作られていたのには驚きましたよ。子どもがいったん親から借金し、そのお金を親名義のマンション建設に使うことで返済に充てる、というスキームでした。
「指南者」は銀行だった
とはいえ、借金は借金。今も言ったように、利息も発生します。元の金額が大きいですから、ばかにならない金額になってしまう。娘は、親に代わっていろんな「仕事」をするのだから、むしろ報酬を得てもいいくらいの話にもかかわらず、です。せっかく相続税を減らし、少しでも多く娘さんに渡そうとしているのに、どうしてわざわざ不利なことをしようとするのか?

話を聞いて分かったのは、借金の形を勧めたのは、5億円を融資した某メガバンクだった、ということでした。娘さんの口座も、同じ銀行。せっせと資金が移されているのに気づいて、自分たちの融資したお金のことが心配になったのでしょう。「しっかり処理してください」「借金にすべきですよ」と、私に言わせれば「圧力」をかけたわけです。

娘さんのほうにも、メーンバンクの心証を悪くしたらまずい、という深謀遠慮があったようですけれど、これは“余計なお世話”というもの。借金ではなく、「親の不動産開発のための資金管理」という形にしたらどうですか、とお話ししているところです。

このように、金融機関が被相続人に債権を持つ場合などには、相続の当事者たちにとって、必ずしも有利にならない「アドバイス」をすることもあるんですね。例えば、相続を早く終わらせるために、あとあと売却などが困難になる土地の共有名義を勧める、なんていう話が、耳に入ってくることもあります。金融機関にも、当然のことながら、彼らの立場、守りたい利益がある――。相続においては、そうしたことも理解しておくべきでしょう。
◆「成年後見人」にないメリットがある養子縁組
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「面倒をみてもらい、遺産を渡す」方法
歳を取って、体も動きにくくなってきた。でも、面倒をみてくれる子どもはいない――。そんな“おひとりさま”は、これからますます増えていくことでしょう。私も、こんな事例を担当したことがあります。

依頼者は、80代半ばのおばあちゃん。子はなく、親兄弟もすべて他界していました。仮にAさんとしましょう。彼女は、体は弱り、半分寝たきりであることに加えて、物忘れも強く自覚するようになっていました。ただ、この方の場合には、幸運にも面倒をみてくれる人がいて、60代の姪が、週に1~2度通ってきて、あれこれ身の回りの世話をしていたんですね。Aさんは、そんな姪に、「自分が死んだら、3000万円ほどの貯金をすべて渡したい」という意志を持っていました。一方、姪のほうには、「おばあちゃんが亡くなるまで、面倒をみたい」という気持ちがありました。

この双方のニーズを踏まえた現実的な対処方として、私は二つのことを考えました。一つは、姪の方がAさんの成年後見人になる方法です。 精神上の障害などにより、判断能力が十分でない人の保護、援助を行うのが、「成年後見人制度」(*1)です。「後見人」になれば、本人からお金を預かって管理したり、本人に代わって契約を結んだり、解除したりすることも可能になります。この場合、Aさんが完全に判断能力を失う前に「全財産を姪に譲る」という遺言書を書けば、Aさんの意志も実現されることになります。

一方、後見人になるためには、家庭裁判所への申し立てが必要なだけでなく、預かったお金の収支などについて、細かな報告を求められたりします。近年、お金を使い込んだりする、成年後見人の不祥事が相次いだこともあって、こうした「縛り」は強化される方向。そもそも、親族が申し立てを行ってもなかなか認められず、司法書士などの専門家が選任される、という傾向も強まっているようです。
養子は、名字を変えなくてもOK
もう一つのやり方が、養子縁組です。Aさんの養子になれば、法律的には、実の子と同じ。「全財産を、世話になった姪にあげたい」という、Aさんの意志を、確実に実現できます。 実は、Aさんにはもう一人だけ、相続の権利がある親族がいました。別の兄弟の息子、すなわち甥です。こちらとは、まったく音信不通でした。しかし、姪も甥も、相続に関しては同等の権利を有する法定相続人です。どれだけ姪が献身的にAさんの世話をしていたとしても、もし遺言書がなければ、甥にも、遺産を半分もらう権利が生じることになります。一方、養子になればどうか? 子は法定相続分の第1順位(*2)になるので、この場合は、甥の方の権利は「消滅」。100%、姪が相続できます。

ただし、養子になったからといって、成年後見人のように、本人に代わって契約を結んだりすることはできません。後見人に比べれば、「やれること」は限られるんですね。 そうしたメリット・デメリットを考慮したうえで、私は、今回のケースは養子縁組がベターだろうと判断し、提案しました。ただ、姪の方には、「養子になれば、名字を変えたりしなければならないのではないか」という懸念もありました。結婚していましたから、当然の思いでしょう。でも、心配は無用。戸籍に「養母、養子」と記載されるだけで、他に変わるところはないんですね。

結局、姪のご家族も快諾されて、養子縁組が成立。それに安心したのか、Aさんは、ほどなく痴呆症で判断能力をすべて失って、施設に入所されました。「間に合ってよかったな」とつくづく感じる相続でした。

*1成年後見人制度 本人の判断能力の程度により、「後見」(自己の財産を管理・処分することができない)、「保佐」(管理・処分するためには、常に援助が必要である)、「援助」(管理・処分するには、援助が必要な場合がある)――の3種類に分かれる。
*2相続の順位 民法で定められた相続には、「順番」がある。第1順位=配偶者と子ども2分の1ずつ、第2順位=配偶者3分の2・親3分の1、第3順位=配偶者4分の3・兄弟姉妹4分の1。このケースの甥、姪(兄弟姉妹の子)は、自分の親が亡くなっていた時に、代わって相続が認められる(代襲相続)。
◆遺言書に見え隠れする“親心”
気をつけたい親子間の「資金移動」
遺言書を残すなら、「公正証書遺言書」で
遺言書にも種類があるのを、ご存知でしょうか? 「自筆証書遺言書」「公正証書遺言書」「秘密証書遺言書」の三つがあるんですね(*1)。 私は、「遺言書を書くのなら、公正証書遺言書にすべきです」とアドバイスしています。自筆の遺言書は、確かに手軽でコストもかからないのですけど、紛失や偽造の危険性が拭えません。つまらない記入ミスで、法的効力を失ってしまうことだって、あるかもしれない。公正証書遺言書は、基本的に公証役場まで足を運ばなければならない、といった大変さはありますが、作成の段階で、間違いがないように公証人がチェックしてくれますし、書いた遺言書は、責任を持って預かってくれます。安全、確実に遺言を残したいのだったら、この方法がベストでしょう。

さて、最近、その公正証書遺言書の作成をお勧めした案件で、こんな事例がありました。その地域では、老舗の喫茶店を営む60代前半の男性に末期のがんが見つかり、急ぎ相続の準備を始めることになったんですね。相続人は、妻と息子と娘の3人でした。ところが、この息子というのがちょっと「問題児」で、仕事が長続きしないうえに、大のギャンブル好き。独り暮らしをしているのですが、たまに実家にやってくると、決まって金の無心、という典型的な“ドラ息子”だったのです。

他方、娘のほうは、すでに店を継ぐ決心をしていました。当然、両親にとっての「かわいさ」「大切さ」には差があります。特に、母親は、あらかた息子のことを見放していて、「今までも、ずいぶんお金を出してきたのだから、遺産など、ビタ一文やる必要はない」という感じ。でも、実際に父親の書いた遺言書は、ちょっとそれとは異なる中身だったんですよ。
息子の「更生」を願い
ちなみに、公正証書遺言書の作成をしたのは、被相続人が入院中の病室でした。さきほど、「基本的に公証役場に行かなければならない」と言いましたが、このように入院している場合や、老人ホームなどに入所していて、出歩くのが困難な時には、逆に公証人に出向いて作ってもらうことも可能なのです。

さて、私は、遺言書の中身について相談されたら、「息子さんの遺留分(*2)は侵さないように、注意してください」ということだけはアドバイスしよう、と考えていました。金額が遺留分を下回っていたり、ましてやゼロだったりしたら、あとあと揉め事になる可能性が高いと思ったからです。 ところが、父親の考えていたのは、遺留分である遺産の8分の1を下回るどころか、4分の1の法定相続分(*2)に近い金額、ほぼ娘と同額だったんですね。ちょっとびっくりしました。母親の「息子には、ビタ一文やる必要はない」という感じから、てっきり父親も同じ考えだと思っていたからです。理由を尋ねると、「この遺言書を見て、心を入れ替えてもらいたいんです」と。父親は、あえて自分の財産を渡すことで、「更生してほしい」と最後のメッセージを伝えようとしたそうです。

数ヵ月後、宣告通りにその方は亡くなり、相続になりました。故人の遺志が実現してよかった、とホッとすると同時に、「死の淵でしたためた父親の本心を、息子さんに伝えておかなければ」と感じ、彼と会って話をしました。結局その場では、どこまで“親心”を酌み取ってくれたのか、明確には判断がつきませんでしたけど、話は素直に聞いてくださいました。まあ、税理士がやれるのはそこまで。「親の心子知らず」で終わらなかったことを信じるのみですが、おそらく息子さんは、その後、頑張ろうと思ってくれたと思います。他でもない、父親からの最後のメッセージなんですから。

*1遺言書の種類 「自筆証書遺言書」=本人が全文を自分で書く。「公正証書遺言書」=公証役場の公証人が作成し、保管。「秘密証書遺言書」=自分で書いて封をして、公証役場に持って行く。
*2法定相続分と遺留分 民法に定められた、遺言書がない場合の相続人の「取り分」が法定相続分。このケースでは、配偶者と子どもが2分の1ずつ。さらに二人兄弟なので、息子は2分の1÷2人=4分の1となる。遺留分は、法定相続人が最低限受け取れる金額。このケースでは、配偶者と子ども4分の1ずつ。息子は4分の1÷2人=8分の1が、遺言書の内容いかんにかかわらず認められる。
◆親という“つっかえ棒”がなくなる二次相続
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「一次」と「二次」の決定的な違い
子どもにとって相続は、普通2回やってきます。まず、親の片方が亡くなり、そののち残った方も他界する。前者が一次相続、後者が二次相続ですね。特に財産規模が大きい場合、本気で相続対策を練るのなら、一次相続の時に、二次相続のことまで考える必要がある、とよく言われます。

一番「引っかかりやすい」のが、配偶者控除です。一次相続の時、配偶者が相続する財産は、1億6000万円まで非課税。それを越えても、法定相続分である「遺産総額の2分の1」までは、相続税がかからないのです。ただし、これ幸いと非課税枠を使い、お母さんがたくさん相続していると、彼女が亡くなってその財産を子どもが相続する時に、思わぬ高額の相続税が課せられてびっくり。一次相続でもう少し子どもに渡してもらっていたほうが、結局は得だった――ということもありうるのです。

さて、以上は、あくまでもテクニカルなお話。ところが、実際の相続では「理屈通り」に事が運ばないことが、多々あります。二次相続において、その大きな原因になるは、一次相続の時との決定的な環境変化だと私は思っています。なんだか分かりますか?「親がいるかいないか」の違いなんですよ。親の側で、このファクターに気づいていないケースが、意外に多いように感じるのです。

父親が亡くなり、相続人は母親と息子、お嫁に行った娘が二人、という相続がありました。相続財産は、優に億の単位。ところが、遺産のほとんどを母と息子が相続し、娘二人は数百万円程度しかもらえない、という中身で、遺産分割協議はまとまりました。父親の遺言書があったわけでもなく、協議を仕切ったのはお母さんでした。
親の気持ちをしっかり伝える
母親が、特に娘たちを嫌っていたわけではないようです。なのに、どうしてこんなに偏った相続になったのか、そして、娘がなぜこの内容を受け入れたのか、知る由もなかったのですが、「これでいい」と言われれば、それ以上突っ込むことはできません。

あくまでも推測ですが、何らかの理由でお金が必要だった息子に多く渡すために、お母さんが娘たちを説得したのではないでしょうか。「私の相続の時には、あなたたちにあげるから」というような話をしたのかもしれません。いずれにせよ、もらう権利があるとはいっても、遺産はあくまでも親の財産です。親の前で「もっと欲しい」とは言いにくいものなんですよ。なんだかんだ言っても、親の影響力は強い。 裏を返せば、二次相続では、その影響力を行使したくてもできない、ということです。

自分が死んだ時には、“つっかえ棒”なしに、子どもたちだけで分割協議をすることになるわけですね。現実には、「父親の相続はすんなり行ったのに、母親の時には揉めに揉める」という例が、とても多いのです。 そうしたことを頭に入れて、親が最低限やるべきなのは、とにかく自分の意志を子どもにはっきり示すこと。このお母さんも、「二次相続では、自分の遺産はこう分ける」ということをちゃんと遺言書に書き、話もしておくべきでしょう。「お父さんの時に言うことを聞いてくれたんだから……」という「油断」は、争いのもとだと認識してほしいのです。

付け加えると、まだ実際に遺言書を書く人がそう多くない中で、特に女性は少ないんですよ。でも、「揉める二次相続」の当事者になる確率は、女性のほうが圧倒的に高いわけでしょう。「子どもに、自分の気持ちをしっかり伝える」心づもりを、ぜひ持ってもらいたいと感じます。
◆「美談」か「大失敗」か、紙一重の相続もある
一次相続を踏まえて、二次相続で「平等」に
さきほど、親の片方は生きていて、その「にらみが効く」一次相続に対して、兄弟姉妹だけの話し合いになる二次相続は揉めやすい、という話をしました。これは、本当に多いパターンなんですね。でも、こんな例外もあります。

15年ほど前に父親が亡くなり、最近、母親が亡くなった二次相続です。相続人は、長男、長女、次男、次女の4人兄弟。一等地にもともと父親が所有していた土地があり、一次相続の時から、これが財産の7割くらいを占めていました。その一次相続では、土地は母親2分の1、長男、長女が4分の1ずつを相続しました。次男、次女は、土地に関しては相続がなかったんですね。 そして、今回。今度は、お母さんが持っていた土地を、次男と次女が半分ずつ相続しました。つまり、4人がそれぞれ4分の1ずつ、親の残した土地を共有することになったわけです。

一次相続の時から、相続を仕切ったのは、長男でした。「二次相続が終わった時点で、みんなが平等に土地を持つ」というのは、最初から彼が描いていた青写真だったんですね。そのことをちゃんと説明していたから、次男、次女は、「不平等な」一次相続に文句を言わなかったのでしょう。それだけではありません。今回、母親の残した現預金を、長男、長女はほとんど相続せずに、次男、次女に渡したのです。父の死後、その土地は、大きく値上がりしました。自分たちが譲り受けた時とは、相続税の額が違う。払えなかったら大変だ、という弟、妹への配慮でした。 こうして、4人は、親の残した資産を平等な形で手にすることができました。誰一人、異議を唱える人はいません。ここまでは、今どき珍しい美談、と言ってもいいのですが……。
残る「共有」の問題
ただし、結果的にこの兄弟姉妹は、「相続のタブー」を犯すことになりました。「不動産の共有」です。被相続人の残した他土地を、相続人の共有にするのは、非常に問題、というより危険と言っていい。私も、相談を受けたら、「やめておきましょう」と話します。

例えば、将来、その土地を売りたいと考えても、共有している人間全員の同意がなければ、できません。急にお金が入用になって、土地を担保に借金したいと思っても、同じ。「兄弟はみんな仲良しだから、そういう時は同意してくれるよ」といっても、それはあくまでも「現在」の話ですよね。 今後、それぞれの生活環境がどう変化するかなんて、誰にも分かりません。子どもにお金がかかったり、急病になったりするかもしれません。それぞれの「配偶者の気持ち」などというのも、兄弟の関係に微妙に影響したりするのです。安易な共有で痛い目に遭う例もまた、枚挙にいとまがないんですよ。もちろん、私は、そうしたお話を、今回のご兄弟の前でもしました。しかし、「これでいいんです」と、みなさん口を揃えておっしゃるのです。

実は、相続は、これで終わりではありません。兄弟の誰かが亡くなれば、今度はその子どもなりが受け継ぐことになります。「仲のいい4人兄弟の共有」というのは、そういう意味でも、未来永劫続くものではないんですね。どこなの時点で、例えば、共有の解消といった行動がとれるのか、それとも……。本物の「兄弟愛」が試されるのは、これからかもしれません。
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