経験や蓄積なしには「解けない」相続もある

経験や蓄積なしには「解けない」相続もある

2018/5/22

 
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残念ながら、相続に争いはつきもの。現金と違って分割するのが難しい不動産が絡めば、そのリスクはさらに高まります。中には、遺産分割を円満に済ませたと思いきや、とんでもない間違いを犯していることに気づいて、「こんなはずではなかった」という事態を招くケースもあるようです。税務の世界で40年近いキャリアを持つ税理士法人優和・東京本部の渡辺俊之先生は、「どうしてこんな相続をしたのか、理解に苦しむような案件に出会うこともある」と話します。そんな事例から、お話しいただきましょう。

◆「確定」した相続を覆し、税金の「二度払い」を防いだ

それ、「代償分割」できたでしょう!?

先生は、もともと公認会計士として監査法人にお勤めだったんですよね。
もうだいぶ昔の話ですね(笑)。退所して個人の会計事務所を設立し、税務の仕事もするようになってから40年あまりになります。ちなみに、会計士、税理士の肩書の他に、包括外部監査人、上場企業の社外監査役という、“4足のわらじ”を履いていたこともあるんですよ。それぞれ相手も、扱う世界も違うのですが、そうした場所で培った経験とか人脈が、相続の現場で役に立つこともあります。
今日は、ぜひそんなお話を聞かせてください。
いいでしょう。我ながらチャレンジングだった相続に、こんな事例がありました。ある資産家の方が亡くなり、相続が発生しました。相続人は、兄弟3人の子どもたちです。実は「最初の」相続税の税務申告をしたのは、別の税理士さんでした。
なるほど。その遺産分割のやり方に、何か問題があったというパターンでしょうか(笑)。
ええ。問題は、相続財産に含まれる広い土地の分割でした。分け方自体で揉めたりしたわけではなくて、そこは丸々長男が受け継ぐことで異議は出ませんでした。ただ、現金などの他の遺産は僅かしかなかったため、そのままだと弟2人の取り分が極端に少なくなってしまいます。そこで、長男が弟たちに対して「金銭補償」しようというところまで、話は進みました。
「代償分割」しましょう、ということですね。
ところが、そうではなかったんですよ。まず、代償分割について説明しておきましょう。今の事例に引き寄せて言えば、土地という現物を相続したお兄さんが、弟の取り分の「不足分」を2人の弟たちにお金で支払って、バランスを取るわけです。その内容で遺産分割協議書を作成し、それぞれが相続税を支払って、すべて完了。
代償分割では、えてして不動産などを取得する相続人が、他の相続人に支払うお金の工面がネックになるのですけれど、今の例では、長男の側にそういう問題はなかったわけですよね。
そうです。だから、少し相続のことを知っていれば、当然そのやり方を選択するわけですが、その先生は知らなかったのでしょう。どうしたかというと、土地はいったん3人の共有財産として相続し、相続終了後にあらためて弟2人が長男に売却する――という手順を踏むことにしたのです。確かに、それでも弟さんに土地を集めることはできます。しかし、弟さんたちには非常に不利な状況が生まれるんですよ。
 
実は、弟さんのうちの1人がたまたま私のクライアントの旦那さんだったので、「確定申告をしてほしい」といらっしゃったんですね。それが、私がこの件にかかわることになるきっかけだったのですが、「何の申告ですか?」と聞いたら、「兄に土地を売ったので」とおっしゃるわけ。「そうですか。ところで、その土地は……」と話を聞いていったら、今お話ししたような相続の実態が明らかになったのです。
 
繰り返しになりますが、代償分割していれば、相続の時に長男は土地を全部もらい、弟2人は兄から相応の代償金を受け取り、各人が納税して一件落着でした。それをやらなかったばっかりに、弟さんたちは土地の共有部分に対する相続税を支払い、今度また同じ土地の売却益にかかる税を納めるという、「二度払い」を強いられることになってしまいました。申告は、その支払いのためだったのです。
相続終了後に、あらためて不動産を売った譲渡所得税が課税されるというわけですね。どのくらいの金額になったのでしょう?
1人500万円を軽く超える水準でした。ですから、「本来、払わなくていい税金なんですよ」という話をすると、「そんなこと、ぜんぜん知らなかった」と絶句していましたね。

土地の売買自体を「なかった」ことにする

その反応は、当然だと思います。でも、すでに相続は「終了」しているわけですよね。手の打ちようがないように思えるのですが。
相続税法の基本通達に、「相続でいったん分割された財産を再配分する場合は、贈与になります」という内容の留意規定があります。要するに「税金はかかりますよ」と。だから、教科書にも関連する書物にも、それに沿った記述がされている。それらを読む限り、この事例も「アウト」にみえます。これを覆そうという税理士は、恐らくほとんどいないでしょう。
 
でも、今回は納税額がハンパではない。なんとかならないものかと悩んだわけですが、いろいろ調べていくうちに、一方で「遺産分割協議のやり直しは可能だ」という考え方が存在することが分かったのです。事例はそれ程多くはないのですが、実際、最高裁でそれを認める判決も出ていたんですよ。ひとことで言えば、「遺産分割協議も民法で定める契約なのだから、要件を満たせば、取り消してやり直せる」という理屈です。
土地の譲渡所得税の話が出てくるのは、共有で相続するという遺産分割協議が生きているから。その大元を代償分割に書き換えることができれば、留意規定も何も関係なくなるというわけですね。
そうです。この事例のポイントは、相続人たちに代償分割という処理の知識がなかった、ということです。法律を知らなかったために、手続きを間違えてしまった。土地を長男1人が相続したいという意思は当初から相続人みんなが共有していて、事実、相続が済んだ後、弟2人は速やかに売却しているわけですね。逆に言えば、代償分割の知識があれば、当然そうしていたのであって、なにか違法なことをやろうとしたのではないのです。
そもそも、作為的に自らが不利になるようなことをするはずがないですよね。
実際には、どのような手順で進めたのでしょう?
まずやったのは、兄弟間の土地の譲渡に関する合意の解除です。弟さんたちが受け取っていたお金をお兄さんにいったん返却してもらい、言ってみれば土地の売買を「なかったこと」にしたのです。そのうえで、説明したように代償分割によってお兄さんが土地を単独相続した形の分割協議書を作り直しました。お兄さんは、一度返してもらった土地の購入代金を今回は「代償金」として弟さんたちに支払って、今度こそ相続は終了。
 
弟さんたちは、寸前で500万円超の税金を払わずに済んだんですよ。あえて付言すれば、けっこうややこしいことになりましたけど、基本的に兄弟は仲がよく、お互いに協力的でした。それも、比較的スムーズにやり直しが進んだ一因だったと思います。

プロにも「思い込み」はある

それにしても、本人たちも気づかずに多額の税金を取られようとしていたというのは、考えてみれば恐ろしい話でもあります。素人なら仕方ないにしても、税理士の先生が「正しい処理」をご存じなかったというのは……。
税理士だからといって、みんなが相続に詳しいわけではありません。その先生が最初に作った申告書類も見せてもらったのですが、今どき手書きなんですね。手書きが悪いわけではないのですけど、ちょっと珍しいというか。
世の中的に申告の電子化が進んでるように思いますが。
同業の悪口ばかり言いたくはないのですが、亡くなった方は、すでに清算の過程にあった会社も持っていたんですよ。そして、その株式の評価を、相続税の申告をした先生とは別の先生がやっていました。
自社株も財産ですから、相続の際にはその評価額を算定する必要があります。
ところが、計算し直してみたら、そちらも間違っていました。古い税務ソフトに、そのまま数字を入力したことが原因です。節税のテクニックを云々する以前の問題として、せめて使うソフトぐらいは最新のものにして欲しかった。
そうなると論外という感じもするのですが、相続についてかなり「分かっている」先生でも、「場合によっては、申告後でも遺産分割協議を1からやり直すことができる」という考え方を採用するのは、なかなか難しいのではないかと感じます。
紹介したような国税庁の基本通達がありますし、みなさん「それは無理」という固定観念を持っていると思うんですよ。そうではないという考えにたどり着き、その方針を実行するうえでは、冒頭で言ったように、私の持つ人脈も大いに役立ちました。
 
国税庁の幹部OBで、仲間たちとの勉強会の講師を頼んでいた人物がいるんですね。その人に、「こういう事例で判断に迷っている」と相談したのです。すると、「税務署は認めたがらないかもしれないが、理論的には間違っていない。やってみる価値はあるのではないか」と言ってくれたんですよ。そういう、ある意味“お墨付き”ももらえたので、チャレンジしてみようと腹がすわったわけです。
思い込みにとらわれず、まさに納税者のために動かれた結果ですね。

◆自宅が再開発区域に! 遺言書とは違う環境で発生した相続

遺言書は書かれていたが……

今お話しした事例は、相続人は自分の子どもだけという、その点ではシンプルな相続でした。でも、人間関係が複雑に入り組むようなケースも、決して珍しくはありません。次に紹介するのは、被相続人がしたためた遺言書が問題になった相続です。
 
亡くなったのは、80歳代の男性。子どもはおらず、妻はすでに他界し、もちろん親も亡くなっていて、法定相続人は、高齢の姉と弟の2人の子どもでした。被相続人からみると、甥と姪です。
弟さんが亡くなっているので、代襲相続(※1)になったのですね。
そうです。ところが、被相続人はこの3人とは疎遠でした。特に甥、姪とはほとんど会ったこともないような状態だったんですね。代わりに、体の弱った被相続人の面倒をあれこれみていたのが、遠い親類に当たる女性Aさんでした。加えて、亡くなった奥さんの弟の子どもBさんとも親しくしていて、自分の別邸に夫婦で住まわせていたんですよ。家賃も取らずに。
そこまでうかがっただけで、「複雑な人間関係」が浮かび上がってきます。
私は、Aさんの旦那さんが自分のクライアントだった関係で、この案件に関わることになったのですが、相続になると、被相続人の書いた遺言書が出てきました。「自宅はAさんに、別邸はBさんに譲る」という内容でした。法定相続人に関しては、言及なしです。
 
なお、亡くなった人の遺言書によってその財産を譲り受ける人を「受贈者」、民法によって遺産を引き継ぐことが定められている人を「相続人」と言います。被相続人の本心は、「財産は全部受贈者に譲り、相続人には渡さない」ということだったのだと思います。
生前の状況を考えれば気持ちは分かりますが、どんなに疎遠でも、相続人には遺留分(※2)が認められています。
ただ、最終的には遺留分はあまり問題にならなかったんですよ。実は、遺言書は手書き(※3)で、案の定というか、いくつかの不備がありました。1つは、これらのほかにもう1ヵ所不動産を持っていたのに、そこを誰に譲るのかは、記載されていなかったのです。
 
相続においては、遺言書がある場合にはその内容が優先され、基本的に書かれている通りの遺産分割が行われます。しかし、遺言書に書かれていない財産に関しては、相続人で分けることになるんですね。つまり、この不動産に関しては、Aさん、Bさんに相続権はなし。必然的に姉と甥・姪が相続することになったわけです。
 
ちなみに、手書きの遺言書は、お金もかからず手軽に作成できるという利点がある半面、こうした「事故」も起きやすい。それに紛失や偽造のリスクも、認識しておく必要があるでしょう。
※1 代襲相続
本来、血族として相続人になるはずだった人が、相続開始以前に死亡していた時などに、その子や孫が代わって相続人になる、という制度。被相続人の子が亡くなっていた場合には、その子(被相続人の孫)が相続の権利を持つ。
 
※2 遺留分
民法に定められた、相続人が最低限受け取れる遺産。
 
※3 遺言書の種類
遺言書には、自分で書く「自筆証書遺言書」、公証役場に出かけていって公証人に書いてもらう「公正証書遺言書」、自分で書いて公証役場に持って行く「秘密証書遺言書」などがある。

時間の経過とともに、相続財産の「形」が変わる

まあ、問題が「疎遠な相続人VS近くの他人」という構図だけなら、まだ楽だったのですが……。この案件のややこしさの“縦軸”がそうした人間関係だとすると、“横軸”は相続財産、具体的には自宅の「経時変化」でした。
どういうことでしょう?
実は、被相続人が住んでいたのは5階建ての建物で、自宅以外のフロアを賃貸オフィスにしていたんですね。ところが、その一角が大規模再開発の対象となり、高層ビルが建設されることになったのです。「Aさんに譲る」と遺言書に書いた自宅の状況が、大きく変わることになりました。
 
本来ならば、その再開発を受け入れると決めた時点で、遺言書を書き直すべきでした。ところが、なぜかそれをやらなかった。悪いことに、そのうちに認知症を発症して、成年後見人(※4)を付けざるをえない状態になったんですよ。
それは、二重三重に大変な状況になってしまいましたね。
相続の経緯は、話が複雑すぎてとても説明しきれません(笑)。結局相続人それぞれと受贈者が個別に弁護士を頼み、すったもんだの末にようやく折り合いをつけたという感じでしたね。一時は、税務申告も別々にやるという流れになりかけたのですが、それだといつまでたっても決着しないと感じ、私が一本化しました。
争いになったのは、例えばどんなところだったのでしょう?
都市再開発法に基づく権利変換を行う、平たく言えば、今建っている自宅のビルは取り壊し、再開発が完工したあかつきには高層ビルの一部をもらう、というのが被相続人の選択でした。土地は再開発の施工者との共有になるわけです。この合意をした時に、被相続人は5000万円の補償金を受け取っているんですよ。この現金は、誰がもらうのか? Aさんは、「自宅に付随するものなのだから、自分がもらってもいいのではないか」と言い、相続人側は「それはおかしい」と。
確かに微妙ですね。
ですから、こういうお金の「行き先」については、きちんと遺言書に記しておくべきなのです。結果的には、他の相続財産とのバランスも考えて、相続人側に多く配分することにしたのですが。
 
相続になった時には、すでに自宅が取り壊されて現場が更地になっていたことも、問題になりかかりました。「自宅を譲る」といっても、肝心の建物がないわけですね。なので、相続人側の弁護士さんが、「ないものは渡せないのだから、自宅の建物は遺言書に記載された相続財産から外すべきだ」と主張したのです。
相続発生時には、譲ろうと思っていた現物がなくなっていた。
でも、いろいろ調べていくと、再開発に同意した時に、施工者と覚書を交わしているんですね。被相続人には「施設建設物の一部等の給付を受ける権利」、すなわちさっき言った「完成したビルの一部をもらう権利」がある。取り壊された建物が、そういう中身の債権に変わっていたと解釈できるわけです。だったら、自宅をもらうはずだった人が、その債権も引き継ぐと考えるのが妥当でしょう、と話して納得してもらいました。
※4 成年後見
精神上の障害により、判断能力の十分でない人が不利益を被らないよう、家庭裁判所が選任する成年後見人が、財産管理や身上監護を行う制度。

税理士と弁護士は、発想が違う

「ややこしさ」の発端は、やはり不備な遺言書にありますね。作るのなら、きちんとしたものにしないと、残された人間が困ってしまう。今の話のように、相続財産が高額で、しかも財産の状況が先々変化していくような場合には、なおさらです。
付け加えれば、遺言書の中身をめぐっては、本筋の遺産分割とは別のところでもひと悶着あったんですよ。被相続人は、自分の財産を渡す代わりに、Aさんには「先祖代々の墓を守っていって欲しい」、Bさんには「葬儀を執り行ってもらいたい」と遺言していました。ただ、実際に葬儀をしたのは、被相続人を看取ったAさんだったのです。
 
まあ、それはいいのですが、数百万円の葬儀代をどちらが負担するのかで、Aさん、Bさんが揉め事になってしまったんですね。当初は、一致して法定相続人側に対峙するという立場だったのですが。
相続する不動産に比べれば僅かな金額にもかかわらず、“内輪揉め”になってしまった……。
それとこれとは話が別、ということです。争いは、金額の多い・少ないにかかわりなく、今の話のようにちょっとした認識のズレから始まったりするわけです。そして、一度揉め始めると、どんどん深みにはまってしまう。
それが、相続の怖さでもありますよね。
もう1つ付け加えておくと、今の事例では、受贈者、相続人それぞれに弁護士がついたという話をしました。その先生たちとも協議を重ね、さきほどの取り壊された自宅の一件のように、場合によっては説得しながら事を進めるというのが、私の置かれたスタンスだったわけです。
 
それをやってあらためて感じたのが、彼ら弁護士と我々税理士の発想の違いなんですね。弁護士は、依頼人の利益を優先しつつ、とにかく相手方と「握手」させるのが仕事。その結果、支払う税金がどうなるのかといったことは、頭の中にほとんどありません。事態が収拾して一息ついていたら、税務署から高額の支払い通知が届いてびっくり仰天、といったことも起こり得るわけです。
そういうことも、一般の人たちは知らないと思います。
逆に税理士は、弁護士ほど法律に詳しいわけではないし、例えば遺産分割協議を主導してまとめていくような行為は、基本的に認められていません。それだけに、弁護士の先生が何を考えているのかを理解し、「数字」のことを丹念に説明できる技量なども、実際の相続では求められることがあるのです。
お話を聞けば聞くほど、相続の難しさ、「深さ」を感じます。相続財産が分けにくかったり、相続人、受贈者の関係が複雑だったりする場合には特に、経験と知識が豊富な相続の専門家のアドバイスを求めるべきでしょう。
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