去年と今年、ガラリと変わった「相続環境」

去年と今年、ガラリと変わった「相続環境」

2015/8/7

 
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今年(2015年)1月に、相続税の基礎控除の引き下げが行われました。基礎控除が引き下げられるということは、それだけ相続税を支払わなければならない人が増えることを意味します。特に、東京をはじめとする都市部に自宅をはじめとする不動産を持つ人は要注意、といわれていますが、実情はどうなのでしょうか? 引き下げから半年あまり経った相続の現場を、税理士の山下桂先生に聞きました。

◆納税対象者は増え、かつ増税に

今年に入って、相続税の基礎控除が、4割引き下げられました。基礎控除というのは、「相続する遺産の金額がここまでなら、税金を払わなくてもいい」という、いわばボーダーライン。このラインが大幅に下がったわけですから、「払わなくてはならない人」は確実に増えました。率直に言って、去年の相続と今年の相続では、状況がガラッと変わってしまった、というのが私の感想です。
 
基礎控除の引き下げについて、簡単におさらいしておきましょう。従来の基礎控除額は、「1000万円×法定相続人の数+5000万円」で計算されました。それが、法改正によって「600万円×法定相続人の数+3000万円」になりました。仮に法定相続人が3人だとすると、去年までは8000万円まで非課税だったのに、今年に入ると4800万円を超えたら課税対象、ということになったわけです。
 
支払う相続税の額は、遺産の総額からこの基礎控除額を引いた課税遺産総額(*1)に、税率(*2)を掛けたもの。相続人は子供のみ3人が遺産8000万円を相続すると、去年までは非課税だったにもかかわらず、今年以降は330万円を徴税されることになりました。同じく、遺産1億円だったら、従来は200万円でよかったものが、630万円へと大幅アップ。ちなみに、遺産が3億円を超える高額の相続では、税率自体も引き上げられています。
 
いくら「相続対策」といっても、人の生き死にのタイミングをチョイスすることはできません。「運命の分かれ道」というか……偶然、昨年末に亡くなった方と、今年前半に発生した相続をやってみて、こんなにも違うものか、と複雑な気持ちになったりもしているのです。

東京・港区では7、8割が申告?

この基礎控除の引き下げで、最も問題になるのは、自宅です。東京など、地価の高いところに一軒家があると、そんなに広い家ではなくても、すぐに数千万円の評価額になりますから、注意が必要でしょう。私の事務所がある東京の港区麻布は、その東京の中でも地価が高いので、なおさら「危険度」は高まります。
 
こうした場合に、「減税」の大きな武器になるのが、「小規模宅地の特例」です。相続人である子どもがその家に親と同居していた、親元を離れているが貸家に住んでいる――といった一定の要件を満たせば、自宅の相続税上の評価額を、最大で8割も減らすことができるんですね。これを使って不動産の評価額を下げた結果、課税を免れるケースも、多くあります。
 
ただ、課税されない場合でも、この特例を使おうと思ったら、税務署への申告が不可欠。そんなこんなで、申告件数も大幅増が予想されています。港区管内では、従来、10件相続が発生したら、申告に来るのはそのうち2、3件と言われていましたけど、今後はそれが7、8件に急増するのではないか、とみられているのです。 いきおい、税務署も超多忙に。少しでも多くの納税者に正しい知識を持ってもらい、申告業務を効率的に進めるのが目的だと思うのですが、地元の麻布税理士会は、相続に関する無料相談会を開いたりもしています。相続税に関して、それだけインパクトのある「改革」が行われた、ということを認識していただきたいと思います。

*1 課税遺産総額
例えば、相続人3人で遺産が9000万円だったら、9000万円から基礎控除の4800万円を引いた4200万円が課税遺産総額になる。
 
*2 相続税の税率

◆申告準備に七転八倒の夫を見かねて…

プロに任せたことで、500万円の節税に!?

去年と今年、ガラリと変わった「相続環境」

さきほど、税理士会が、相続に関する一般向けの相談会を開いている、という話をしました。今回は、そこで相談員をやった時に出会った、ご夫婦のお話をしてみたいと思います。 ご夫婦が相談会に来られた時には、ご主人に「なんとか一人で申告したい」という意向が強くありました。そこで、一応、申告書の記載方法などについて説明したうえで、「でも、一般の方が申告書を作るのは、なかなか大変ですよ。何かあったら、いつでも連絡をください」と名刺を渡して、お帰りいただきました。
 
さて、それから1か月ぐらい経った頃でしょうか、奥さまから電話をいただきました。聞けば、案の定、「主人が、相続税の件で七転八倒しているんです」とのこと。悩み苦しむ姿を見るに見かねて、私に電話したのだそうです。「先生に頼むと、お金はどれくらいかかるのですか?」と聞かれたので、規定の金額を答えると、「それくらいなら、お願いしたいと思います。これから主人を説得してみます」とおっしゃいました。私の依頼人になったのは、そんな経緯でした。
 
ご夫婦には、長男と長女、二人の子どもがいました。相続財産は、長男夫婦との「2世帯住宅」の不動産と、預貯金がメインで、総額2億円ほどでした。ご主人は、遺言書を作成していて、長男に3/4(ほぼ同居)、長女に1/4(遺留分を念頭に)となっていましたが、相続税が1700万円以上となり、納付が困難なため自宅の売却も必要な状況でした。そこで相続人は、一旦母親にも相続していただく遺産分割協議書の作成を検討していました。法定相続分に従って、母親2分の1、子どもが2分の1の頭割りで4分の1ずつを受け継ぐ、という相続を基本に、不動産の分け方などを考えていらっしゃったんですね。
 
重要なのは、この家族の相続は一度だけではない、ということです。父親が亡くなった一次相続の後、母親が亡くなれば、今度は二次相続が発生するわけですよ。ご主人の当初案だと、相続税は一次、二次合わせて、500万円ほどになることが分かりました。遺産に占める現金の割合はわずかでしたから、へたをすると税金の支払いに困難を生じるかもしれない状況だったんですね。

相続は専門家でも難しい

節税の上で一つのポイントになったのは、さきほどもお話しした「小規模宅地の特例」です。親と同居しているなど、一定の要件を満たせば、自宅の相続税上の評価額を、最大8割減らせるわけですね。詳細は省きますが、このケースでは、お持ちの不動産にその特例をフルに活用するためには、ちょっとした工夫が必要でした。それをやったうえで、二次相続まで見越したシミュレーションを行ってみると、なんと相続税をほぼゼロにすることができたんですよ。
 
そのプランに、ご夫婦が大変喜んでくれたのは、言うまでもありません。ご主人は、「初めから頼んでいれば、あんなに悩む必要はなかったのに」としみじみおっしゃっていました。専門家でない普通の人間が申告を行うことの「怖さ」についても、実感なさったはずです。
 
実は、小規模宅地の特例は、専門家である税理士でも評価が分かれたりすることがあるほど、難解な仕組みなんですね。相続には、それ以外にも「一般の納税者さんには、ちょっと無理」な決まりがたくさんあります。ごく単純なケースを除いて、相続税の申告には、やはりその分野に詳しいプロを使うのが無難だと思いますよ。

◆頼んだ税理士によって、相続税の金額に差が!?

税理士にも「個性」がある

さきほど、「相続税の申告は、プロに頼むのが無難だ」と言いました。「プロ」というのは、言うまでもなく税理士のこと。では「税のプロ」ならば、みんな相続税に詳しいのか?  実は、そうではないのです。これも、これから相続を迎える方に、ぜひ知っておいてほしいことの一つなのです。税の世界というのは、ある意味、複雑怪奇。依頼者に適切なサービスを提供しようと思ったら、所得税とか事業税とか、ある程度「その道のプロ」化するのが避けられないんですね。
 
さきほどの、一次、二次相続を含めて、父親の考えた当初案だと800万円ほどの相続税になるところを、ほぼゼロになるプランを作成した、というお話。自分の成功例を引き合いに出すのはちょっと気が引けるのですけど、あのケースでも、別の先生に頼んだら、「800万円の申告書を、こちらで作りましょう」で終わるかもしれません。また別の税理士は、「節税策を講じれば、支払いは500万円ですみますよ」と言うかも。困るのは、それが最適のやり方なのかどうかが、一般の方にはなかなか「見えにくい」ことですね。
 
これも繰り返しになりますけど、このケースの税額軽減のポイントは、「小規模宅地の特例」を使えるかどうか。ただ、「被相続人である親と同居していた」といった分かりやすい場合を除き、特例適用の要件が非常に複雑、難解なため、税理士さんによっては、「これは無理だ」と諦めてしまうことも少なくないわけです。「専門外」の先生の場合は、そもそも特例自体を、ほとんど理解していないこともあるんですよ。 ですから、相続を頼むのなら、その分野に強い税理士を選ぶよう心がけることが大事になります。最低限、「小規模宅地の特例というものがあるんだ」くらいの基礎知識を持ったうえで、頼む税理士を「品定め」する必要があると感じます。

シミュレーションを重ね、プランを提案

私自身は、28歳で税理士になって以来、数多くの相続案件を担当しました。「相続に強い税理士」であることは、自負しています。 私が実践していることの一つが、徹底的なシミュレーションです。依頼を受けると、例えば、「この特例を使ったらどうなるか」とか、「一次相続と二次相続のバランスを変えたらどうか」といった、様々な条件を当てはめて、通常は10通り以上の試算をやっているんですよ。ただし、お客さまにあまりたくさんの提案をすると逆に混乱させてしまうので、実際には、そのうちの2、3通りのプランを提示して、話を詰めていくのです。
 
こうしたシミュレーション作業は、非常に重要だと思っています。なんとなく、「こうなるだろう」と感じていた結果が、実際に数字を落とし込んでみると、まったく違っていたりします。プランAで計算したら、予想外に節税効果が大きくて驚いた、などということが、よくあるのです。 ともあれ、それはあくまでも私のやり方。そんな回りくどいことをしなくても、「最適の解」を導ける税理士さんも、たくさんいます。実際、私が担当した過去の案件を、もし別の先生がやっていたら、もっと税金を少なく出来ていた、という可能性がゼロとは言い切れません。言い訳をするのではないのですが、相続は、そういう奥の深い世界でもあることを、理解しておいてほしいのです。
 
あえて付け加えておけば、いったん申告して納税した場合でも、申告期限から5年以内だったら、やり直せる可能性があります。税務署に対して、「税金を納め過ぎたから返してください」という「更正の請求」を行います。「あなたは税を納め過ぎていませんか?」と、その更正の請求を専門にやっている税理士さんもいますよ。もちろん、請求したからといって、すべてが認められる保証はないので、念のため。

◆コツコツ貯めた妻の「へそくり」。そのお金は誰のもの?

名義預金にご用心

去年と今年、ガラリと変わった「相続環境」

夫から受け取った毎月の給料の一部を、へそくりとして貯め込んでいる方は、少なくないと思います。ただし、夫が亡くなって相続が発生した時には、それが問題になる場合があります。仮に自分名義の預金通帳にお金を積んでいたとしても、それは名義預金とみなされることがあるのです。
 
名義預金とは、「形式的には親族の名前になっているものの、実質的には別の『真の所有者』がいる預金」のことです。「親族は、単に名前を貸しているに過ぎない」と判断される場合ですね。多いのは、親や祖父母、すなわち被相続人が、子や孫など相続人の名義で、彼らにないしょで通帳を作るパターンですが、逆に相続人である妻が、夫に黙って貯めたへそくりも、「真の所有者は夫だ」ということになるんですよ。「節約したおかげで、これだけへそくりが貯まったわ」と悦に入るのはいいのですが、それらが名義預金だと認められれば、相続の際には、被相続人の遺産に加えられてしまうことになります。「そんなの知らなかった」という事態は、避けたいもの。
 
とはいえ、普通の主婦がどんなに頑張って貯めたとしても、せいぜい数千万円が限度でしょう。ところが、私はケタの違う金額が記載された通帳を見せられて、驚いた経験があります。しかも、その奥さんは、「財を成した」まま、夫よりも早く亡くなってしまいました。奥さんは、亡くなった時70代。元公務員の旦那さんは80歳くらいで、二人には娘が一人いる、という家庭でした。

あえて「妻の財産」として申告

旦那さんは、妻が亡くなって、通帳やら何やらを調べて、仰天しました。なんと自分の知らない妻名義の預金が、1億円を軽く超えていたんですよ。奥さんが、自分の親から相続を受けた財産なども含まれてはいたのですけれど、30年、40年とコツコツ蓄財していたのは確か。まさか、自分が夫より先に逝くとは、想像することもなく……。 もし、奥さんの考え通りに夫が先に亡くなっていたら、名義預金とみなされる公算大。相続人である奥さんや娘さんは、多額の相続税の支払いが避けられなかったかもしれません。しかし、この案件は、お話ししたように、預金をしていた本人の相続でした。名義預金である、すなわち「これは被相続人の財産ではありません」と、夫の側にそっくり戻せば、相続税はゼロなんですね。一見、有利に思えますが、すでに自宅などの資産を持っている旦那さんが亡くなって二次相続になった時、今度は娘さんに、過大な相続税がかかってくる、という問題がありました。
 
そこで、まず「妻の本当の財産」を洗い出すことにしました。奥さんのご兄弟に話を聞くと、病気がちだった奥さんを心配して、ご両親は生前にちょくちょく「援助」をしていたことが分かりました。はっきりした金額は分かりませんが、それも彼女の財産です。奥様のご両親の相続によって財産が形成されていることも判明しました。一方で、旦那さんの収入の推移なども子細に検討していった結果、預金の大半を「妻固有の財産」としても不合理ではない、という結論を導くことができたんですよ。
 
そのうえで、その奥さんの遺産を、すべて娘さんに相続してもらいました。もちろん、相続税は発生しましたが、トータルで考えれば、そのほうが納税者にとって有利なのは、明らかでした。 このように、相続になってから想定外の事態に直面すると、相続人は困惑するしかありません。たとえ家族を思ってしたことでも、お金のあれこれを秘密にしておくのはリスクが高いことも、頭の隅に置いてほしいですね。

◆税理士の仕事は「肉体労働」でもある

“夜討ち朝駆け”も厭わず

あれは、税理士として独立して10年後くらいの、まだ30代の頃でした。縁あって、千葉の資産家が貸している膨大な土地の「整理」に携わったことがありました。依頼人は、すでに80歳になられていて、相続対策も含めて、生前にできることはしておきたい、ということでした。
 
具体的にやったのは、借地人に、借りている土地を購入してもらうための交渉です。時あたかもバブル経済のさ中。土地の価格は右肩上がりで、依頼人には、このまま相続になったら、相続税の支払いに窮するようなことになりかねない、という危機感もありました。ただし、土地の買い取りといっても、借地人は個人と会社などを合せて、600件ほどに上ったんですよ。その一つひとつを、そんなに時間をかけずに処理しなくてはなりませんでした。私の会社と、某信託銀行の不動産会社が300件ずつ担当し、「販売」することになりました。
 
ともあれ、まずは借地人と会って話をしなければ、何も始まりません。東京のベッドタウンでもありましたから、昼は住人がいないことも多い。ですから、土日でも、早朝、深夜でも、とにかく相手の都合に合わせて、現地まで足を運びましたね。 借地人の方との交渉では、ただ条件を提示して「買ってほしい」とお願いするのではなく、より前向きな提案をするよう、心がけました。ほとんどの人は、別に現状でも構わない、と思っているわけですよ。「買ったら、税金はどうなるのか」といった不安を口にする人もいます。そうした疑問にもていねいに答えつつ、「子どもの世代まで問題を先送りせず、今、購入の決断をなさったらいかがですか」といったことも話しました。地道に通い詰めた結果、1年ぐらいで担当案件のうちの半数くらいが購入に同意し、残りもいける、というメドが立ってきました。ところが、不動産会社のほうは、かなり苦戦を強いられていたんですね。不動産会社は「サラリーマン集団」で、我々ほど臨機応変な対応ができていないことが原因のようでした。そこで、彼らが手を焼いていたものを中心に、こちらが追加で案件を引き受け、最終的には、当社だけで450件ほどの契約をまとめることができました。依頼人の喜んだ顔が、とても印象に残っています。
 
税理士というと、事務所でお客さんを待っている、という印象かもしれませんけど、そんなことはないですよ。このように、必要とあらば、どこにでも出かけていきます。私は、お客さんの資産をこの目で確かめるために、九州まで山林を見に行ったこともあります。「必ず現場で確かめろ」という先輩税理士の教えが、体に染みついていますね。

緊張した「皇族の相続」

余談ながら、私は、誰もがご存知の皇族の相続を担当したことがあります。その方が相続人の一人となられた案件でした。著名な税理士が多くいる中で、なぜか被相続人のご家族が私を指名してくださったのですが、当然、「皇族が相続人」というシチュエーションならではの難しさがありました。
 
例えば、遺産分割協議書には、相続人全員の署名、捺印とともに印鑑証明書が必要です。ところが、皇族は印鑑証明に当たるものを持たないのです。そんなことを想像もしていなかった私にとって、まさかの事態でしたが、法務省をはじめとする関係各所に問い合わせ、合法的に処理することができました。
 
とにかく、後々新聞沙汰になるようなことは許されません。それこそ一字一句間違えのない、100%完璧な申告書の作成に腐心しました。緊張の連続でしたが、今思い返してみると、非常に刺激的でやりがいのある案件でしたね。まさに、税理士冥利に尽きる仕事でした。

◆「揉め事ゼロ」の税理士が語る「相続で大事なこと」

争いが増えるわけ

去年と今年、ガラリと変わった「相続環境」

確かに、相続争いは増えていると感じます。理由の一つは、核家族化が進んだ結果、相続人である兄弟間が、昔に比べてかなり疎遠になっている、ということが挙げられるのではないでしょうか。 今年の初めにも、「兄が信用できない」と相談に来られた女性がいました。父親が亡くなり、相続人は、母親と兄妹。でも、母は認知症になっていて、相続の話は兄妹で進めなければならない、というパターンでした。ところが、「兄が自分勝手に進めている」「ちゃんと教えてくれないことが多い」と、相手に対して、最初から不信感のカタマリなんですよ。住んでいるところだけではなく、心も遠く離れていることがうかがえました。結局、家族レベルの協議はまとまらず、裁判で争うことになりました。
 
相続人の権利意識が高まったことも、争いが増加した要因だと感じます。「家督は長子が継ぐもの」と法で決まっていた戦前は、争おうにも、その余地がなかったわけですね。戦後もある時期までは、そういう意識が色濃く残っていたのですけれど、今では、「相続になれば、兄も弟も妹もみな平等」というのが当たり前になりました。
 
それ自体を問題だとは、言いません。でも、相続人みんなが勝手に権利を主張していたら、揉めるのは目に見えています。最近は、相続人本人のみならず、その配偶者が、「子どもにお金がかかるのだから、多くもらって」と相続に口を挟むようなことも、珍しくなくなりました。そうした現象も、広い意味での権利意識の向上がもたらしたものと言えるのではないでしょうか。

何より大事な生前対策

一つ自慢させていただくと、私は30年あまりの税理士稼業の中で、相続が発生する前から関わらせてもらった案件については、一度も揉め事になったことがないのです。言い方を変えれば、相続開始前から生前対策をちゃんとやっておけば、そうそう大きな争いにはならないですね。これは、600件を超える相続対策を通じて得た、私の確信です。ただ、残念ながら、そうした意識を持っている人はまだわずか、というのが実態ではないでしょうか。
 
私は、目の前で肉親同士がいがみ合う相続も、これまでいくつも目にしてきました。それらは全部、すでに相続が発生し、揉め事になってから受けた依頼です。親が亡くなって、急にその遺産を分けましょう、という話になるから、「当然これだけもらえるはず」「あの人が多く取るのは、おかしいではないか」と、気分感情も入り交じった争いになってしまうんですね。そうなる危険性は、あなたの家庭にもあることを、分かっていただきたいのです。
 
では、「生前対策」には何が必要なのでしょうか? 前にも述べたような、みんなができるだけハッピーになれるプランを提示する、といった部分では、我々税理士の役割も大きなものがある、と感じています。でも、それ以上に、家族同士で相続についてよく話し合っておくことがポイントだ、と私は考えます。 ある意味、相続で最も重いのは、被相続人の意志。遺産をどう分けたいのか、という気持ちです。例えば、自宅はどうしても長男に継いでもらいたいと思うのならば、他の子どもも含めた場で、きちんとそういう話をしておくべきです。異論があるなら、そこで出るはずで、親が死んでから骨肉の争いになる可能性は低いと思いますよ。
 
最初に触れたように、かつてに比べて、家族の関係は希薄に、疎遠になる傾向があります。でも、それでは「いい相続」は望めません。私は、ことあるごとに「相続について、親子で話しあいましょう」「兄弟が集まる場を設けましょう」と呼びかけているのです。

◆お金の相続は、心の「想続」でもある

「こじれていく家族」を目の当たりに

去年と今年、ガラリと変わった「相続環境」

できるだけ依頼人にメリットのあるプランを提供し、しっかりした税務申告を行うこと――。それが、相続において税理士の果たすべき任務であることは、言うまでもありません。でも、私は、税理士の仕事はそれで終わりだとは思わないんですよ。まだ40代の頃、こんな相続を経験しました。 母親が亡くなり、相続人は50代くらいの兄と妹、という案件でした。私が相続税申告の依頼を受けたのは、お兄さんからでしたが、足繁く事務所にやってくるのは、妹さんのほうだったんですね。そして、延々、兄の悪口を言うわけです。それも、相続の話そっちのけで、子どもの頃から兄はこうだった、ああだった、そんな兄を親はえこ贔屓した……の繰り返し。それが終らないと本題に入れないので、毎回、「そうですか」と聞くしかない。結局、90分ぐらい相談時間を取って、相続について話をするのは、いつもラスト10分か15分という状態でした。
 
妹さんにしてみれば、お兄さんに直接言えない恨みつらみを、「兄の代理人」である私にぶつけていたのかもしれません。それですっきりして、話を前に進めてもらえるのなら、耐える意味もあるのでしょうけど、そういった気配はさらさらなし。相続自体は、自宅を受け継ぎたい兄、すぐに売って現金化を主張する妹、という対立の構図でしたが、お兄さんのほうにも歩み寄る気持ちはゼロでした。申告期限が迫るのに、時間が経てば経つほど、話をすればするほど、二人の関係がこじれ、どんどん疎遠になっていく感じでしたね。
 
それにしても、人の悪口を聞かされるのが、あんなに辛いものだとは。彼女が帰ると、どっと疲れが出て、こちらの気持ちまで重くなったものです。そして思いました。ご両親は、子どもたちがこんなふうに争うなんて考えもしなかっただろう。あの兄妹も、幼い頃は兄が妹を庇い、妹は兄を慕って、仲良く遊んでいたはずなのに――と。

相続する人の思いを伝える

そんな二人に対して、私は、話し合いを前に進める有効な手を打つことができず、とにかく関係者の話をひたすらお聴きするということに終始しました。税理士として、あれほど歯がゆい思いをしたのも、初めてのこと。ただ、あの相続に関わったことで、「相続はお金だけの問題ではない」ことを、実感を持って認識できたのは、大きな収穫でした。
 
結局のところ、妹さんが語っていたのは、家族へのネガティブな思い、感情だったんですね。逆に言えば、もし、親が存命中に娘さんと向き合って、「お前には贔屓に見えたかもしれないけれど……」というような会話をしていたら、あれほど感情剥き出しの状況にはならなかったはずなのです。
 
その時、頭に浮かんだのが、「想続」という言葉。相続は、財産を承継するものであると同時に、亡くなった人の心、思いを受け継ぐ「想続」でもあるのではないでしょうか。それは、親が身をもって示す生きる姿勢を引き継ぐことであり、心の中に家族の大切な思い出を残すことでもあるのです。それを理解すれば、お金の問題もより冷静に、ある意味、割り切って考えられるように思うのです。それ以来、「いい『想続』にしましょう」と話すことも大事な仕事だ、と私は心に刻んでいます。
 
もちろん、私は、「うれしい相続」にも、いくつも出会うことができました。最後に、最近あった出来事を紹介したいと思います。60代半ば、2人の息子を持つ女性からうかがった話です。「若い人にはどうかとも思うけれど」と、息子のお嫁さんそれぞれに、自分もお姑さんからもらった着物と和箪笥を渡したのだそう。売ってお金になるような品物ではありません。「邪魔だったら、処分して構わないから」と言って。すると、お嫁さんたちが、喜んで受け取ってくれたんですね。それはうれしそうに話すお母さんの表情が、目に焼き付きました。 これが、心の「想続」なんですよ。このお嫁さんたちは、おばあちゃんの相続になった時、「教育費がかかるのだから、少しでも多く遺産をもらってよ」と旦那さんの尻を叩いたりすることは、恐らくないでしょうね。

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