遺産相続「先生、教えて!」
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“プロの中のプロ”が語る「不動産の相続」
2018/8/9
“プロの中のプロ”が語る「不動産の相続」
相続の際、トラブルを生みやすいのが不動産です。高額の資産で、現金などのようにきっちり割り切るのも難しいのが、その原因。ネットなどでも、ケースに合わせた対策が指南されていますが、新日本税理士法人の池尾彰彦先生は、「あえてセオリーから外れたやり方を提案することもあるんですよ」と言います。今回は、大手不動産会社での勤務経験もある先生に、事例も交えてお話しいただきましょう。
そんなことが可能なの? 信託不動産の「後始末」
不動産の「共有」がNGの理由
先生は、大手不動産デベロッパーでの勤務経験をお持ちですね。
はい。大学を出てから8年間、相続対策として、農地などの有効活用、具体的には「賃貸マンションを建てませんか」という営業をやっていました。ですから、不動産には詳しいですよ(笑)。
 冒頭から宣伝じみて恐縮ですが、「不動産の税務に強い」「資産税、相続税が得意」という会計事務所は、世の中にたくさんあると思います。でも、私は税務だけでなく「不動産そのもの」を知っているのです。勉強も兼ねて自分で賃貸物件をいくつか持っていますから、オーナー様の気持ちもよくわかる。こういうバックボーンがあるからこそ、提供できるソリューションもあると自負しています。
例えば、どんな「ソリューション」でしょうか?
これは、相続が終わってから30年ほど経っていたのですけど、昨年、信託物件の受益権を売却しました。賃貸マンションの信託受益権を5人の兄弟姉妹が共有で相続していて、「このままだとゆくゆく争いの種になりかねないから、売ってしまおう」と。
いわゆる「信託銀行」に絡む案件ですね。ただ、信託契約がされている物件の受益権を売ったという話は、聞いたことがありません。
ほとんど例がないでしょう。「売ってしまおう」といっても、簡単な話ではないんですね。なぜ、わざわざそんなハードルの高いことをしたのかといえば、今お話しした共有の問題があったからです。
 これは、普通に土地などを相続する場合もそうですが、子どもたちの共有にするのは、基本的に避ける必要があります。例えば、相続してから持分を売りたいと思っても、共同所有者全員の同意がないとできません。担保にして借金する場合も、建物を建て替えたり改築したりする時も、同様です。
しかも、放っておくと所有者がどんどん増えていく可能性が高い。
そうです。相続した人が亡くなれば、所有権を今度はその子どもが相続することになります。さらにその子どもに、と人数は増え、お互いの関係性も希薄になっていくでしょう。そうなると、「名義を書き換えて、誰かの単独所有にしよう」といった話し合いも困難になってしまうのです。
今お話しの事例も、まさにそうなる危険性があったわけですね。
相続人は、みなさんご高齢になっていましたから、「自分たちが生きているうちに、なんとかうまく処理できないだろうか」というご依頼でした。
「契約書にない話」を成立させた
相続に信託を活用するというのは、一時期流行ったスキームなのですが、ここでは、財産を託す「委託者」、それを託される「受託者」、そしてその信託財産の運用などで利益を得る「受益者」の3つの立場、役割の人や組織から成り立っている――ということだけ理解してください。
 このケースでは、委託者は親、受託者は信託銀行、受益者は5人の子どもでした。賃貸物件の管理は信託銀行が責任を持って行い、そこには家賃収入が入ります。子どもたちは、そこから銀行の信託報酬を除いたお金が分配される、信託受益権を相続したわけです。
確かに信託受益権を持てば、定期的にお金は入ってきますけど……。そもそも、その権利を売買することは、許容されているんですか?
契約には、受益権の売買に関する記述は、一切ありませんでした。許容以前に、想定されていないということでしょう。ただ、売り手と買い手にメリットがあれば、成立する話だと考えました。
問題は、「買い手」がつくかどうかだと感じます。
そこがポイントの一つです。やはり、「引く手あまた」というわけにはいきません。まずはそれなりの資金力があって、不動産からの配当に魅力を覚える人たちでないと無理ですね。ということで、いろいろ手を尽くした結果、最終的には、あるファンドに売却することができたんですよ。彼らの「出口戦略」は、何かを売ってキャピタル・ゲイン(資産売買の差益)を得ることではなく、投資家から集めた資金の運用にあります。配当が得られるならば、不動産の現物だろうが信託受益権だろうが、問題はないわけです。
とはいっても、普通はそういう発想自体、なかなか出てこないと思います。
あえて付け加えておくと、どんなに配当が魅力的でも、よほどの大金持ちでもない限り、個人が受益権を買うことはできません。信託契約では、不動産の所有権は受託者、すなわち信託銀行に移ります。受益者が持つのは信託受益権という権利だけなので、これには担保設定ができないんですよ。銀行がお金を貸してくれませんから、原資がつくれないのです。
 ちなみに、私は受益者の求めに応じて、信託契約自体を解消し、受益権を現物化したこともあるんですよ。不動産の信託は、通常はその物件が朽ちるまで続きます。このケースでは、35年という契約期間が設定されていましたが、まだ残存期間が10年ほどありました。
その状況で、不動産の所有権を「取り戻した」ということですか。それもまた、“ウルトラC”ですね(笑)。そんなことができるとは、誰も思わないのでは?
そうだと思います(笑)。契約書には、やはり「契約解除」の定めなどはありません。信託銀行に交渉に行ったのですが、最初は、契約書を盾に取り付く島もない対応でしたね。しかし、粘り強く落としどころを探った結果、依頼主の意に沿う形で合意を取り付けることができたんですよ。4年ほどかかってしまいましたけれど。
不動産を知り尽くしているからこそ、だれもが不可能だと思うことを実現できたわけですね。
まあ、非常にレアなケースですけれど、そんなこともやりましたということです(笑)。
家族はそれぞれ。「公式」通りにいかない相続もある
相続対策には3つの柱がある
それでは、不動産を中心にした相続対策についてうかがっていこうと思います。
わかりました。総論からお話をすると、私は相続対策には3つの柱があると思っているんですよ。1つ目は、節税ですね。税金は安いに越したことはありません。2つ目は、同時に納税資金をはじめ、相続時にかかるお金をどう確保するか。これもしっかり対策を取る必要があるでしょう。そして3つ目に、これが一番大切だと思っているのですが、絶対に「争続」にしないことです。
 お金は大事だけれど、それをめぐって揉め事が起こり、仲の良かったはずの兄弟姉妹が顔も合わせなくなってしまったというのでは、その相続対策は「失敗」なのです。親も、草葉の陰で泣くしかないでしょう。
残念ながら、そういう例が少なくないと聞きます。
ですから、そこは万全の対策を取らないといけません。実際に揉めた事例も、後で紹介しようと思います。
 さて、以上の3点を大前提に、あとはご家族の置かれた状況を把握し、何よりも「どんな相続にしたいのか」というニーズをきちんと聞くのが、私のやり方です。それをやらないで、節税対策の「公式」を当てはめたりすると、トンチンカンな提案になってしまうことにもなりかねませんから。
例えば、どんなニーズでしょうか?
世の中には、「きちんと税金が払えるのならば、節税対策など不要」と考える人もいます。「借金だけはご免だ」という方もいるんですね。そういう人に、「銀行からお金を借りて、この空いている土地にアパートを建てれば、相続税の心配はなくなりますよ」という「公式」は、当てはまらないわけです。
なるほど。裏を返すと、相談するほうが、そういうニーズをきちんと伝えられるかが大事になりますね。
その通り。ただ、現状はというと、まだまだ不十分というか……私が税理士事務所を開いた20年前には、生前に相続の相談に見えられる方って、ほとんどいなかったんですよ。ほぼ100%、亡くなってからの依頼でした。でも、今も生前にいらっしゃるのは2割くらいなんですね。
そんなに少ないのですか。
相続対策の基本は、「1日でも早く着手して、1日でも長生きしていただく」こと、これに尽きるのです。例えば、1年に110万円までなら、子どもに無税で贈与することができます。高齢になってから、焦って不動産を購入したりすれば、思わぬ失敗を招く危険性も高まるでしょう。「明日亡くなる」という人の相続対策というのは、ほとんどないも同然。まずは、そこをわかって欲しいですね。
そうはいっても、みんな元気なうちは「まだ死なない」と思っていますから(笑)。
それで、ズルズル先延ばしにしてしまう。遺言書の重要性についても、のちほど触れたいと思いますけど、セミナーの会場などでは、「この場で、何月何日に作成する、と手帳に書いてください」と言ったりするんですよ。
不動産経営は、税金対策の前に「事業」を考える
整理しておくと、「不動産と相続」というテーマには、「不動産を相続対策としてどう活用するのか」というのと、「相続人にどう分けるのか」という2つの切り口がありますよね。
前者からお話ししてみましょう。不動産の購入、すなわち「持っている現金を土地や建物などの不動産に換える」ことが、「相続税対策」の王道であるのは、昔も今も変わりません。相続税の課税のベースとなる相続財産を算出する際、現金は1億円なら1億円がそのままカウントされます。ところが、1億円で不動産を買えば、その評価額は何千万円単位で減額されるわけですね。
 建物を賃貸物件にすれば、さらに評価額は下がります。銀行から借金して不動産を購入すれば、そのぶん資産総額を減らす効果もあります。
相続税は累進課税(※1)ですから、相続財産の評価を下げることには、なおさら大きな意味があります。
とはいえ、「大きな買い物」ですから、周到な準備、的確な将来見通しが必要なことは、言うまでもないでしょう。「不動産は、今も昔も王道」と言いましたけど、その置かれた状況が、まったく変わらないわけではありません。  賃貸物件を建てるのには、相続税の節税対策とは別に、そこから家賃収入を得るというメリットがあります。かつて、アパートでもマンションでも、建てれば即満室になるという時代がありました。わかりやすく言えば、大家さんは寝ていても、懐にチャリンチャリンとお金が入ってきたのです。
今は、そう簡単にはいきません。
駅から遠い、周囲にコンビニもないような場所にアパートを建てても、入居者は集まりません。不動産も「商品力」が問われる時代になっているんですね。そこを考えずに、「税金対策に不動産を」という誘いに乗れば、儲けを生まない物件と莫大なローンだけを抱えるような“悲劇”も起こりえるわけです。
 アパート、マンション経営というのは、税金対策の前に「事業」なのです。事業として成り立つのかを、慎重に見極めなければなりません。
不動産を相続税対策に活用しようと思ったら、そういう視点を持つ専門家に頼るべきでしょう。
かつ、その先の話もあります。「長生きが大事」と言いましたけど、一度対策を講じれば何もしなくて大丈夫、というわけにはいかないケースもあるのです。
 今お話ししたリスクとは無縁で、建てた不動産が順調に「稼働」したとします。年月が経てばローンの残高は減っていく。家賃収入で、だんだん“キャッシュリッチ”にもなっていくでしょう。そうすると、アパートを建てた時には完璧だった相続税対策が、10年、20年経ってシミュレーションしてみると、効果薄になっていることも少なくないのです。
減らしたはずの資産が、また元に戻ってくるわけですね。事業として成り立ったのはいいけれど、また別の問題が発生してしまいました。
その場合は、不動産の建て替え、買い替えという方法がありますから、心配ありません。そうした資産の定期的な「洗い替え」を提案できるのも、早いうちから対策を講じているからこそなのです。
 このように、相続対策は、今現在の家族の生活状態、将来発生する相続税額やその支払い能力などのバランスをとりながら、常によりよい方策を検討していく必要があるわけですね。
※1累進課税 所得や資産が多いほど税率が高くなる課税方法。
「二次相続を考えて……」の「公式」も、鵜呑みにしない
次に、相続の際の不動産の分割についてうかがいます。先生が「特にここは注意すべき」と感じるのはどんな点でしょう?
そうですね。さきほどお話しした「共有はやめましょう」というのと、一次相続の相談にみえられた方に、「二次相続のことも考えましょう」ということは、必ず言うようにしています。
親のどちらかが先に亡くなって発生するのが一次相続、残ったもう1人の亡くなるのが二次相続ですね。たいてい一次相続はお父さんということになります。
目先の相続税のことだけ考えるのなら、一次相続は楽です。「配偶者控除」という特例によって、遺産額が「1億6000万円ないし法定相続分(※2)」の多いほうまで、配偶者の相続分に税金はかかりません。この枠を活用してお母さんに多くの遺産を渡すようにすれば、大幅な節税になるからです。
ただし、「二次相続のことも考えましょう」とおっしゃるわけですね。
そうです。「目先の」と言いましたけど、そうやってお母さんが大きな財産を抱え込むと、今度はそのお母さんが亡くなった時に、子どもに高額の相続税がかかってくる可能性があるんですね。
 相続対策は一次、二次相続トータルで考える必要があります。一次相続で、あえて配偶者控除をフル活用したりせずに、ある程度の税金も覚悟しつつ子どもに資産を渡しておいたほうが有利なケースは、いくらでもあるんですよ。
子どもにどれだけ渡しておくのかということも含めて、先生方の腕の見せどころですね。
腕を振るうためには、やはり一次相続まで余裕のあるうちに、相談に来ていただく必要がありますが(笑)。
 とはいえ、今説明したのは、あくまでも「税金対策」です。相続の遺産分割では、「節税のための」ベストの方法と、「揉めないための」あるいは「親の意思を尊重した」分け方との間に、微妙なズレの生じることが少なくないんですね。そうした場合には、それぞれの税額などをみなさんにきちんと説明したうえで、よりよいやり方を選んでいくことになります。
やっぱり節税対策ばかりに目が行っていてはいけない、ということですね。
一次相続でまず考えるべきことは、1人になったお母さんの、これからの生活です。先々、どんな病気にかかるかわからない。介護の必要も生じるでしょう。そうしたことも含めて、不安のない生活を送れるだけのものは残さなければなりません。二次相続対策は、そのことが前提になります。
 1つ事例を挙げておくと、二次相続を考えれば、明らかに子どもに分けたほうが有利にもかかわらず、お父さんが持っていた不動産をすべてお母さんに相続してもらったことがあるんですよ。
それは、何か特別な理由があったのでしょうか?
「財産を子どもたちにどのように分けるかは、母親がこれからの彼らの生き方を見て、ゆっくり判断してもらいたい」という、お父さんの気持ちに従ったのです。
なるほど。それも「正しい相続」だと感じます。
あえて「不動産の共有」で解決した
他に、先生の印象に残る相続の事例を教えてください。
東京都内でお肉屋さんを営んでいたお父さんが亡くなり、相続になりました。お母さんはすでに亡くなっていて、相続人は、お父さんとその店の2階にいっしょに住んで、店を手伝っていた長男、実家を出てそれぞれ家庭を持つ次男、長女の3人でした。  問題は、お父さんの財産が、その自宅兼お肉屋さんの土地・建物以外、ほとんどなかったことなんですよ。その状態で、遺言書を残すこともなく、亡くなってしまったわけです。
ご長男は、そこが生活の基盤なんですよね。
そうです。ですから、当然、自分が全部譲り受けたいと言いました。ところが、弟、妹は、「私たちにも3分の1の遺産をもらう権利がある」と主張して、揉め始めてしまったのです。確かに、彼も彼女も法定相続人ですから、言っていることは正論です。もし裁判になっていたら、長男に勝ち目はなかったでしょう。
お金で解決する道はなかったのですか?
長男に、兄弟たちに土地代を支払えるくらいの蓄えがあったら、そういう方法も取りえたでしょうけど、土地代どころか、蓄えもほとんどないような状態だったんですよ。お肉屋さん自体、儲かっていなかったようでして…
それは困りました。先生は、どうやって解決を図ったのでしょう?
「不動産の共有はNG」という話をしましたが、実はこのケースでは、あえてそれを提案したんですよ。最初は、土地を3人が3分の1ずつの共有にして、長男がお肉屋さんの収益から、あとの2人に土地代を支払っていくのはどうか、という話をしました。でも、店からはとてもそんな利益は上げられないことがわかりました。お兄さんが暮らしていくので、カツカツ。
 そこで、「共有にするけれど、土地代はゼロ」ということにしました。その代り、長男が亡くなった場合には、その持ち分を弟と妹で半分ずつ相続するという、死因贈与契約(※3)を結んでもらったのです。たまたま、長男が未婚で、子どももいなかったんですね。だから可能になった策でした。
なるほど。でも、弟、妹には、結局その場では1円も入らなかったわけですよね。いったん揉め事になったのに、正直、よくそれで納得したなという気もします。
この場合、ある意味、一番フェアなのは、お肉屋さんを畳んで土地を売り、それを3人で分けるという方法だったかもしれません。お兄さんには、そのお金も元手にしつつ、新たな生活基盤を探してもらう。苦肉の策とはいえ、「不動産の共有」という“禁じ手”を打ったわけで、のちのちそのことが問題になる可能性もあるのですから。
お兄さん亡き後も、弟と妹の共有状態は残ります。
そうなのです。でも、そうしなかったのは、私自身ご長男の強い思いに心を動かされたからなんですよ。彼は、そのお肉屋さんの3代目でした。「たぶん私の代で店じまいだと思うけれど、親父の親父がこの地で立ち上げた店を、やれる限りは続けたい」とおっしゃるのです。それを聞いて、安易に土地の売却を提案するのはやめようと思いました。
他の兄弟たちには、どんな話をしたのですか?
お兄さんの経済事情や、その思いを説明したうえで、「もし、お父さんが遺言書を残していたら、何と書かれたでしょうか?」と話しました。「もとをただせば、あれはお爺さんの土地で、お兄さんはそれを引き継ぐだけですよね。法律の解釈とは違うかもしれませんが、そういう事情も考えていただけませんか?」と。
 結局、1年ほど揉めたのですが、最後はさきほどお話しした形の契約に判を押してくれました。
今の事例でも、「土地の共有は絶対にダメ」というセオリーにこだわっていたら、もっとひどい争いに発展していたかもしれませんね。
※3死因贈与契約 贈与者が死亡することによって効力を生ずる贈与のこと。贈与者が生きているうちに、財産の配分を明らかにできるというメリットがある。
やっぱり遺言書は大切です
今の事例でも、お父さんは遺言書を書いていませんでした。もし「土地、建物はすべて長男に譲る」という一筆があったら、その意をくんで、弟たちの対応自体が変わっていたかもしれません。ただし、そういう遺言書があったとしても、彼らが財産を受け取る権利は、まったくゼロになるわけではありません。  配偶者や子どもなど、一定の範囲の法定相続人には、遺言書でも侵害されない「遺留分」が認められているからです。子どもの遺留分は2分の1なので、さきほどのケースでは、それぞれの子どもは、遺留分2分の1×法定相続分3分の1=6分の1の財産をもらえる権利があるんですね。
例えば「愛人Aに全財産を譲る」というような遺言書のせいで、長年連れ添ってサポートもしてきた奥さんが1円の財産も手にできないばかりか、路頭に迷ってしまうというのでは、やはり理不尽ですから。
私は、一般の方向けのセミナーで、その遺留分についてもよく話すんですよ。みなさん概ねわかっていらっしゃるようで、完璧に理解している人は少ないというのが、私の印象です。
 実は、「法定相続分」についてもそうなんですね。配偶者と子どもがいたら、それぞれ2分の1ずつというのは、みなさん知っている。でも、子どもがおらず、被相続人の親も亡くなっている場合には、奥さんに4分の3、被相続人の兄弟姉妹にも4分の1が行くということをわかっていない人が、意外に多いんですね。そうすると、「こんなはずでは」という事態になったりするわけです。
どんな事態でしょうか?
夫が亡くなり、相続になりました。子どもはいません。遺産は自宅だけで、金融資産はほとんどありませんでした。「でもまあ、家を残してくれたから」と思っていたら、突然夫の弟がやってきて、「僕にも、この家の持分が4分の1ありますよ」と言うわけです。
 常識的に「ありえない」感じがするのですが、法的には弟さんの言い分は正しい。彼が遺産相続の権利を主張したら、当然認められることになります。
そういう例は、多いのでしょうか?
はい、結構あります。そうなると、「代償分割」するしかありません。自宅の4分の1の持分を亡くなった夫の弟に持たせるわけにはいきませんから、自宅はすべて自分で相続し、そのぶん対価を支払うわけです。
泣く泣くお金で解決する。
そういうことになります。それこそ理不尽にも感じられるのですが、そんなことにならないための武器が、遺言書なんですよ。さきほど、「一定の範囲の相続人には、遺留分が認められる」と言いましたよね。被相続人の兄弟姉妹には、遺留分は認められないのです。このケースの場合、「自宅は妻に譲る」という夫の遺言書があれば、法定相続分も遺留分も関係なく、その通りになるというわけです。
「法定相続分」や「遺留分」といった「相続の基本」を正しく理解することがいかに重要か、よくわかる事例ですね。
そこをわかっていただければ、もっと遺言書も書いてもらえると思うのですが(笑)。
先生は、「この日に書く」という決意を形にするのが大事だとおっしゃいました。
私自身について言わせていただけば、40歳を過ぎてから遺言書を作成し、しかも毎年1月1日に書き替えるようにしているんですよ。私にとっては、それは、自らの財産を見直し、家族にどう分けるのかを考え直す、いい機会なのです。「自分の頭と気持ちを整理するために書いています」と、セミナーでは話すのです。
それは、自筆で書かれるのでしょうか?
そうです。1年間の無事に感謝して、前の年に書いたものは破り捨てて、新たにしたためる。それを、知り合いの司法書士さんに預けているんですよ。
 安全性などを考慮すれば、公正証書遺言書(※4)がベターなのは言うまでもありません。でも、公証役場に出かけなくてはならないといった、ハードルがありますよね。それでなんとなく先延ばしにして書かないくらいならば、手書きのものを作ればいいというのが、私の考えなのです。
 とはいえ、毎年遺言書を書くのは、楽な作業ではありません。わざわざそんなことをするのは、被相続人の遺言書がなかったばかりに、大変な思いをした人を数多く目にしてきたからにほかなりません。そのことを、最後に付け加えておきたいと思うのです。
※4公正証書遺言書 遺言書には、すべてを自分で書く「自筆証書遺言書」、公証役場で公証人に代筆、保管してもらう「公正証書遺言書」、自分で書いて公証役場に持っていく「秘密証書遺言書」がある。
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