「準備したから安心」とはいかないのが、相続です(1)

「準備したから安心」とはいかないのが、相続です(1)

2019/1/15

 
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自分が亡くなった後のことを考えて、しっかり遺言書を残しましょう――。それが、「揉めない相続」のために大事なことなのは、間違いありません。でも、そうやって遺言書を作成するなどして、「やるべきことはやったから」と安心していると、思わぬ誤算に見舞われることもあるようです。今回は、相続に詳しい古川会計事務所の古川勉先生に、いくつかの事例を紹介していただきながら、注意すべきポイントについてお話をうかがいます。

遺言書は「書けばいい」わけではない

書いたのがきっかけで、「生前の争い」が勃発!

今日は、先生の印象に残る相続の事例を、いくつか教えていただこうと思っています。
わかりました。相続の争いは、たいてい親が亡くなってから子どもたちが諍いを始めるというパターンなのですが、生前からバトルが起こってしまった例から、お話ししましょう。
 娘夫婦が親と同居し、その面倒をみている家族がいました。娘さんは三女で、お姉さんが2人とお兄さん。実は、このお兄さんは定職につけないタイプの方で、やはり親と同居しつつ、親のすねをかじっている状況でした。その状態で、先にお母さんが亡くなったのですが、それによって、家族関係のバランスが崩れてしまいました。それが争いの引き金になったのです。
どういうことでしょう?
家族の中で、お母さんはあれこれと差配する役回り。一方、お父さんは、頭はしっかりとしていたものの、体力が衰え車椅子に乗っているような状態でした。子どもたちからすると、お母さんが亡くなって、“重し”が外れた形になったわけです。
 生前、お母さんは、「ゆくゆくこの家は、面倒をみてくれている娘夫婦に譲るから」と話していました。姉たちも「それでいい」「お母さんの好きなようにすればいいのよ」と、それに反対する素振りはなかったのですが……。
重鎮のお母さんが先にいなくなってしまったことで、みんなが勝手にものを言える環境になったわけですね。
実は、先に動いたのは、三女の旦那さんでした。確実に自宅を相続できるよう、お父さんを説得して、そういう内容の公正証書遺言書(※1)を作成してもらったのです。ところが、それでも不安だったんですね。どうも、時々家にやってくる「お姉さん」たちが帰った後、お父さんの様子がおかしい。
姉たちに、「私たちにも、土地をもらう権利があるでしょう」と吹き込まれているような気がする、とか。
そうですね。確証はなかったのですが、なにしろお父さんは弱っているし、何が起こるかわからない。そこで、なんと姉たちを「出禁」にしてしまったんですよ。父親と会うことを認めなかった。
 姉たちも、お父さんが遺言書を作ったことに気付いているようでした。もし、対抗して遺言書を書かれたりすれば、公証役場まで連れて行った努力も水の泡です。たとえ自筆証書遺言書(※1)であったとしても、日付の新しいほうが有効とされますから。

大した財産でなくても、揉める時には揉める

それにしても、父親に合わせないという三女の旦那さんのやり方も、ちょっと強引という気がします。そもそも、相続人ではないわけですし。
それにも理由があって、義理の親の面倒をみただけでなく、その家自体、旦那さんが建てたものだったんですよ。お父さんの土地の上に、同居するために新築したのです。そこまでやったのに、「土地は分けてもらいます」というような話になったらたまらない、と行動に出た。
 しかし、案の定、お姉さんたちはその仕打ちに怒り、「父と会わせてもらいたい」と、弁護士まで立てて主張しました。そうなると、もう泥沼です。結局、そんな状況になってほどなく、お父さんは亡くなりました。
相続は、どうなったのでしょう?
遺産は、自宅の土地のほかには、預貯金がごく僅かあるだけでした。遺言書は有効でしたけど、その現金を、三女を除く相続人で分けても、遺留分(※2)にはぜんぜん足りませんでした。
 最終的には、三女夫婦が折れた格好で、自宅を売却し、お金を兄弟で分けて終わりになりました。ご夫婦は、さんざん苦労しながら、結局自分たちで建てた自宅を手放して、狭い家に移ったんですよ。姉たちはといえば、弁護士まで立てながら、手にできたお金は、数百万円程度です。相続税の申告も必要ないほどの遺産額でしたから。
相続で争いになるのに、遺産の額は関係ないという話も、よく聞きます。その結果、兄弟の仲がバラバラになってしまうのが、相続の怖さですよね。
お母さんも、最後に子どもたちの争いを見ながら亡くなったお父さんも、浮かばれません。
つまり誰も得をしなかったわけですね。そんなことにならないためには、何が必要だったのでしょうか?
遺言書を書いてもらうのは、大事なことです。でも、一部の相続人が、他の相続人に内緒で「書かせる」というのは、やはり争いの火種となる可能性大と言えます。
このケースも、外からは「囲い込んで、無理やり書かせた」と見えてしまう。
お母さんがしていたように、「こうしたい」というのを、子どもみんなに話して、そのうえで、遺言書という形にして残すのがベストです。内容的には、1人に不動産などを渡すのならば、最低限、他の相続人の遺留分に考慮しましょう。
※1 遺言書の種類
遺言書には、すべてを自分で書く「自筆証書遺言書」、公証役場で公証人に代筆、保管してもらう「公正証書遺言書」、自分で書いて公証役場に持っていく「秘密証書遺言書」がある。
 
※2 遺留分
遺言書があったとしても、相続人が最低限受け取れる遺産の取り分。このケースでは、相続人は子ども4人なので、法定相続分1/4×1/2=1/8が、1人当たりの遺留分となる。

遺言書にも「メンテナンス」が要る

遺言書を書いた後に、想定外の事態が起こることもあります。これはまだ話し合い中の案件なのですが、お爺さんが亡くなって相続になりました。相続人は、兄と弟の子ども2人。弟さんはすでに亡くなっていたので、その子ども、兄から見ると甥、姪が相続人になったわけですね。これを「代襲相続」と言います。
 さて、このお爺さんもきちんと遺言書を残してはいました。ところが、先に亡くなったはずのお婆さんにもこれだけの財産を渡す、という内容が書かれていたのです。すでにこの世にいない人が、「相続人」になっていた。
なぜですか?
まさか妻が先に逝くとは思わず、遺言書を作ったんですね。ところが、その2年後ぐらいに、奥さんは亡くなってしまった。その頃には、自分も体調を崩していて、もう以前に書いた遺言書のことまで気が回らなくなっていた、という状況だったようです。
同情の余地はありますが、そういう場合には「書き換え」をしないと、相続人が困ったり、それが争いの原因になったりしかねません。
そうですね。遺言書は、何度でも書き直すことができます。いちいち変更手続きをするような手間もかかりません。さきほどの事例でも説明したように、日付の新しいものが有効とされますから、例えば気が変わったら、その都度新しく作ればいいのです。
でも、この事例では、それをやらなかった。遺言書はどう扱われるのでしょうか?
この場合は、遺言書自体が無効になることはありません。妻に指定された財産は、他の相続人で分ければいいのです。ただ、この相続では、別のややこしい問題が発覚しました。
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