「準備したから安心」とはいかないのが、相続です(2)

「準備したから安心」とはいかないのが、相続です(2)

2019/1/15

 
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア

蘇った「お母さんの相続」

どういう問題なのでしょう?
今お話ししたように、相続人は長男と、彼から見て甥、姪です。何十年も、顔も合わせていない間柄だったこともあって、先に亡くなったお母さんの相続の時には、この甥、姪には、特に声を掛けなかったそうなのです。
言い方を変えると、相続人である甥、姪を無視して、相続をした……。
まあ、なんとなく配偶者であるお父さんが受け取るという感じで、申告もしていなかったのですが。でも、今回は、自宅の不動産なども絡んで遺産総額1億円規模になりますから、さすがに「無視」することはできません。それで、私のところに相談があったわけですが、調べてみると、お母さん名義のけっこうな金額の預金通帳が出てきたんですよ。
亡くなった時に解約されなかったのですか。
お父さんは、そのあたりに無頓着だったのでしょうね。お金に困っているわけではなかったし、10年近くそのままにしていた。とはいえ、残された長男は大変です。「母親の遺産」が出て来た以上、それも甥や姪に分けなくてはなりません。父親の相続をどうしようと考えていたら、今になって母親の分までやらざるをえなくなってしまった。
 ご承知のように、銀行は預金者が死んだとわかると、その瞬間に口座を凍結してしまいます。それを解除するための書類を集めるだけで、大変なんですよ。
お父さんの相続のほうは、特に問題なく進んだのですか?
いいえ、遺言書は、さきほど言ったような点に加えて、やっぱり孫たちの遺留分を考慮した内容になっていない、という問題がありました。それも含めて、これから協議を詰めていく段階にあります。
せっかく遺言書を書くのだから、それがきちんと実行されるよう、書き方には注意を払う必要がありますね。

利用が増えるか? 「手書きの遺言書」

遺言書の必要性は認識していても、「面倒くさそう」といった理由で先延ばしにする人も多くいるのですけど、民法が改正されて、自筆の遺言書が作りやすくなったのは、朗報ではないかと思います。
どういうところが変わったのか、説明をお願いします。
これまで「自筆証書遺言書」は、全部手書きでなければなりませんでした。それが、2019年1月13日からは、添付する「財産目録」の部分は、パソコンなどで作成してもいいことになったんですよ。私も、90歳近い人に、膨大な資産、例えば「どこそこの山林何ヘクタール」とかいうのを手書きしてもらって、大変なご苦労をおかけした経験があります。パソコン作成が許されるようになれば、ずいぶん楽になるのではないでしょうか。
 また、施行は2020年7月10日と先ですが、書いた遺言書を法務局で預かってくれるというのも、有難い制度です。
これまでは、机の奥にしまった遺言書を相続人に見つけてもらえなかったり、逆に隠されたりいつの間にか偽造されたり、といったリスクがありました。
その通りです。でも、公的機関に保管してもらうことにより、その手の心配はなくなります。
遺言書を作るのならば、「公正証書遺言書」にすべきだと言われますが、その点はどうなのでしょう?
公証役場に出かけ、公証人に作成してもらい、そこに保管するというのが、「安心・確実」なのは確かです。しかし、デメリットもあります。
 そもそも、公証人も忙しくて、アポイントを取るのに一苦労。出かけて行きさえすれば、その場で作成してくれるというものでもありません。公証人が全体状況を把握した後、あれこれの資料の提出を求められたりして、場合によっては何度も通わなくてはなりません。遺産の額に応じて、それなりのコストも発生します。
「自筆」のほうは、書くだけならタダだし、自分の好きな時に作ることができます。
しかも、「保管制度」ができて、安全性も高まります。民法改正で、「自筆」の弱点が、だいぶ軽減される感じがします。これからは、「自筆」で残す人が増えるのではないでしょうか。
 遺言書作成のハードルが下がることで、多くの人がそれを残すようになるのは、非常にいいことですよね。やっぱり、被相続人の遺志がちゃんと示されていて、「この財産は誰」と明示されているほうが、話し合いはまとまりやすいのです。逆に言うと、遺言書がなければ、「自分の法定相続分はこれだけ」という権利の話から始まることになりますから。残された相続人たちによる話し合いのスタートラインが、それだけ違ってくるということを、財産を譲る側は考えるべきでしょう。

相続税申告期限ギリギリにやってきたお母さん

「生前の準備も、やり方が大事だ」という事例を、紹介いただきました。他に教訓になるような相続はありますか?
相続発生後の対処がつたなかったために、相続争いとは別の問題が起きてしまった例を紹介しましょう。まだ50歳代のお父さんが急死して、相続になりました。相続人は、奥さんと2人の娘さん。彼女たちは、まだ未成年でした。
 お父さんは、若い割には預貯金もけっこうあって、自宅のローンも払い終わっていました。プラス死亡退職金、生命保険の死亡保険金もあって、相続税の課税対象になるだけの遺産額になりました。
 ちなみに、2015年に相続税の基礎控除(※3)が引き下げられて以降、課税対象になる案件が目に見えて増えました。この方もそのパターンです。
基礎控除が以前の水準だったら、税金はかからなかったのですね。
相続人3人の場合は、相続財産が8000万円まで“セーフ”だったのが、今は4800万円になりました。4割も下げられたのですから、影響は大きいですよね。
 話を戻すと、ご主人は突然亡くなったわけだし、奥さんご本人は相続のことなどわからないから、仕方がないと言えばそれまでなのですが、やるべきことをやらないで、余計なことをしてしまった。
なるほど。「余計なこと」から教えてください。
やっぱり不動産が気になったらしく、登記所に出かけ、そこで言われるまま、自宅を法定相続分(※4)に従って、名義変更してしまったのです。自分と娘たちの共有です。
遺産分割協議の前に、ですか。誰かに「不動産の登記だけはしないと」などと言われたのかもしれませんね。
そんな状態で、私のところにいらしたのが、相続税の申告期限である「亡くなってから10ヵ月」の、1カ月ほど前だったんですよ。「夫の遺産は不動産と現金なのですが、どうしたらいいですか?」と。
 このケースで問題になるのは、子どもたちが未成年だったことです。未成年者は、財産に関わる法律行為を自ら行うことが禁じられています。ですから、遺産の分け方を決める遺産分割協議に、直接加わることもできないんですよ。
代理人を立てなくてはならないわけですね。
ところが、それが簡単ではありません。相続の場合には、相続人は他の相続人の代理人にはなれないのです。この場合だと、「子どもの取り分が増えると、自分の取り分が減る」という「利益相反」が起こるためです。
 ですから、お母さん以外の、相続に無関係の親族とか専門家だとかの「特別代理人」を立てる必要があるのですけど、そのためには家庭裁判所の選任を受けなくてはなりません。
大変そうですね。でも、特別代理人が決まらないと、遺産分割協議は始めることさえできない。
そうです。でも、いらっしゃったのが、ちょうど年末のみなさん忙しい時期だったこともあって、なかなか選ぶことができずに、タイムアップ。遺産分割協議がまとまっていなくても、相続税は申告期限内に、いったん支払わなくてはなりません。
 なお、そのように遺産が「未分割」の場合、配偶者控除(※5)といった特例は使うことができません。納税後に遺産分割協議を進め、分け方を確定させてから税務署に「更正の請求」(※6)を行えば、払い過ぎたぶんは取り戻せるのですが、とにかくその場では、軽減なしの相続税を納めなくてはならないのです。お母さんは、「そんなに払うんですか!?」と、絶句していましたが。
まず、娘さんたちの特別代理人を選ぶという「やるべきこと」から手を付けて進めていれば、そんなことにはならなかったはずです。
※3相続税の基礎控除額
課税のボーダーラインとなる遺産総額。現在は「3000万円+600万円×法定相続人の数」で計算され、遺産総額がこれ以下なら相続税はかからない。
 
※4法定相続分
民法に定められた、遺言書がなかった場合の相続人の遺産の取り分。このケースでは、配偶者と子どもが1/2ずつ。子ども1人は1/4となる。
 
※5 相続税の配偶者控除(税額軽減)
配偶者は相続した財産が、法定相続分まで、またはそれを超えても1億6000万円までは税額が軽減される。(以内であれば納税額なし)
 
※6更正の請求
税の申告後、納めた税金が高すぎた場合に、税務署に対して還付の請求を行うこと。

相続に「とりあえず」は禁物です!

このケースでも、苦労して特別代理人を選任し、遺産分割協議をやって更正の請求は行いました。配偶者控除を適用して税額を下げたわけです。しかし、娘たちとの共有にしてしまった不動産だけは、どうにもできませんでした。丸ごと奥さんが相続していれば、全ての評価額を配偶者控除に含めることができたのですけど、娘さんに渡った1/2の部分は、そこから外さざるをえなかったのです。
 このように、遺産分割協議も始まっていないのに、不動産の名義変更だけしてしまうというケースに、時々出くわすんですよ。今回は「未成年問題」がありましたけど、そうでなくても分割協議の内容を縛ってしまうことになりかねませんから、注意して欲しいですね。
そこからトラブルになったりしかねないですね。
相続では、「とりあえずやっておこう」が「とりあえず」ではなく、取り返しのつかないことになります。特に不動産が絡む際には、まずは一度、専門家に相談してみるのが賢明でしょう。
今のケースでは、結果的に子どもたちが自宅を共有することになりました。相続の際に、子どもが不動産を共有するのは、ご法度だと言われますよね。
おっしゃる通りで、それが今回の相続のもう1つの問題なのです。「とりあえず」やったことが、もしかしたら大きな禍根を残してしまったかもしれない。
 不動産が共有名義になっていると、例えば自分の持分を売却しようと思っても、他の名義人全員の承諾なしにはできません。怖いのは、他の名義人が亡くなれば、その持ち分は相続財産になるということです。
 今回のケースで言えば、仮に、お母さんが亡くなり、その持ち分を姉と妹で分けたとします。2人とも結婚し、子どもも出来ました。その状態で相手が亡くなると、その持ち分は、彼女の子どもが相続することになるのです。2人いれば2人、3人いたら3人の甥や姪と、共有することになるんですね。そして、自分が死んだら、自分の子どもが相続。そうやって、共有の名義人がどんどん増えていってしまう。
しかも、世代を経るにつれて、「疎遠」な人たち同士になっていくわけですね。
  • Facebookでシェア
  • Twitterでシェア
  • LINEでシェア
全国の税理士を無料でご紹介しています
税理士紹介ビスカス